
会期:2026/01/29~2026/02/15
会場:Gallery & Restaurant 舞台裏[東京都]
公式サイト:https://artsticker.app/events/109892
マンガ・アニメ的ないわゆる「キャラ絵」を用いたアート作品は、作者の嗜好(萌え)の反映にすぎないのではないか? そこでは、批評的な指向性よりも、マーケットでの商機が先行しているのではないか? 本展は、そうした思い込みを自己反省的に問い直す機会を与えると同時に、「キャラクター表象を用いた現代美術表現」がもつ批評の可能性について、フェミニズムやクィアの視座から拡張的に提示するグループ展である。マンガ家としても活動する小宮りさ麻吏奈と山本れいらが企画し、みょうじなまえ、門眞妙、セマーン・ペトラの計5名が参加した。
本稿の前編では、みょうじなまえ、山本れいら、小宮りさ麻吏奈の作品について、アプロプリエーション(流用)という共通性の下、フェミニズムの視座から少女のキャラクター表象を再検証する試みとして読み解く。後編では、「キャラクター表象と風景の(非)連続性」という観点に着目し、門眞妙とセマーン・ペトラの作品を比較しながら掘り下げる。 みょうじと山本の出品作は、男女間の恋愛・結婚・出産を分離不可能な三位一体と見なす「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」と少女マンガの歪な共犯関係について、少女のキャラクター表象それ自体を用いてそれぞれ批評的に介入するものだ。みょうじの《ラブリー♡マミちゃん 婚姻届&離婚届セット》では、婚姻届と離婚届の書式がピンクやブルーで印刷され、少女や動物の「かわいい」キャラクターが添えられ、レースや星の装飾パターンで過剰に覆われている。また、来場者が実際に記入できる学習机のようなサイズ感のスペースも設けられている。

みょうじなまえ《ラブリー♡マミちゃん 婚姻届&離婚届セット》(2017/2026) [撮影: Yudai Saki]
ファンシー・ラブリーが過剰に浸食するシートは、「少女マンガ雑誌のふろく」「少女向けファンシー文具」を想起させる。少女マンガの主流は、「運命の人との出会い」「異性との恋愛」を軸に、「物語の結末=結婚=ゴール」というストーリーを生産し続けてきた。みょうじの作品は、「雑誌のふろく」「ファンシー文具」を装うことで、少女マンガが描く物語を摂取する少女たちが、実際には、異性愛規範と「結婚=ゴール」という価値観を「将来の予習」として日々反復させられていることを突きつける。それは、男性と恋愛して結ばれるべきという未来のための「練習帳」なのだ(ただし、「離婚届」もセットであり、婚姻とは法的制度にすぎないという醒めた皮肉も提示されている)。

展示風景 [撮影:Yudai Saki]
一方、「異性との恋愛」というストーリー展開の先に、「恋愛の成就=結婚=ゴール」という結末が設定されている少女マンガにおいては、「結婚した その後 (に待ち受けている家事・育児といったケア労働)」については描かれず、不可視化されてきた。この事態に対して、少女のキャラクター表象と「理想化された母子像」の双方のアプロプリエーションを通じて介入するのが、山本れいらの絵画シリーズ《Whispers of Defiance(抵抗のささやき)》である。山本の絵画では、夢見るような表情の少女キャラクターが線画で描かれ、その下に「乳児に愛情を注ぐ母親」の図像が透けるように重ねられている。これらの母子像は、戦前の女学校の家庭科教科書の図版や、メアリー・カサットが描いた親密な母子像の引用である。少女マンガにおいては不可視化され、良妻賢母教育や美術史においては「育児=母性による無償の奉仕」「至福の母子愛」としてのみ描かれてきた断絶やズレを、「サブカルチャー/ハイアート」の断層と重ね合わせながら、山本は提示する。あるいは、「王子様との出会い」を夢見る少女たちの夢想や視線の先には、「(男性が不在の)ジェンダー化されたケア労働」 しか想像できない という歪みを、本シリーズは浮かび上がらせる。

山本れいら《Whispers of Defiance 1》(2025)[撮影:Yudai Saki]
同様に、戦前と現代における少女のキャラクター表象の引用を通じて、そこに投影された男性の眼差しに言及するのが、小宮りさ麻吏奈の《Operation: 1941/2026》である。タイトルの年代が暗示するように、画面左側には戦前の翼賛プロパガンダマンガの引用が、右側には、素肌に軍服をまとって敬礼のポーズを取る「萌えミリ」の少女キャラクターが配されている。「萌えミリ」とは、萌え(美少女)と、戦艦や戦車などの兵器やミリタリー要素を掛け合わせたジャンルである(『艦隊これくしょん』『ガールズ&パンツァー』などが代表例)。左側の翼賛マンガからの引用では、おかっぱ頭の少女が手淫しているように見える(断片化されているが、実際には赤ん坊の手を引いているカットである)。ヘテロ男性にとっての性的対象として、あるいは「家庭内のケア労働の担い手」として表象されてきた少女像を、小宮は人造皮膚を思わせる支持体に描画し、ワイヤーのような糸で縫合する。それは、二次元のイメージに擬似的な身体を与え直す行為であると同時に、時代を超えた眼差しの連続性と暴力性を、「継ぎはぎされた傷だらけの身体」として文字通り提示する。

小宮りさ麻吏奈《Operation: 1941/2026》(2026)[撮影:Yudai Saki]
このように、みょうじ、山本、小宮の作品は、少女のキャラクター表象を軸に、婚姻届/離婚届、ファンシー文具、理想化された母子像、萌えミリ、翼賛マンガをそれぞれアプロプリエーションの対象とすることで、恋愛至上主義、異性愛規範、ケア労働=愛情の同一視、男性の性的視線の対象化といった構造を批評的に問い直している。少女マンガ的な表象を用いたアプロプリエーションによる社会批評の先達として、西山美なコの90年代の作品群がある(最もラディカルな例として、架空の少女キャラクターをポスターなどに用いてテレクラのデートシステムを模倣した《♡ときめきエリカのテレポンクラブ♡》[1992]が挙げられる)。大衆文化や美術史において主流化・規範化されたものをなぞりながら書き換えることで、脱規範化していくこと。本展は、西山の問題提起を継承しつつ、こうしたアプロプリエーションがもつ脱規範化の戦略的な作用を複数のベクトルへ向けて再起動させるものだといえるだろう。
(後編へ)※3/13公開予定
関連レビュー
コレクション1 80/90/00/10(前編)|高嶋慈:artscapeレビュー(2023年07月15日号)
鑑賞日:2026/02/08(日)