劇場公開日:2026/03/06
会場:新宿バルト9ほか[全国]
原作・脚本・監督:四宮義俊
制作会社:スタジオアウトリガー、Miyu Productions
配給:アスミック・エース
公式サイト:https://hanaroku.asmik-ace.co.jp/
(前編より)
帯刀煙火店という建築とその内部にあるオブジェクト、あるいはマテリアルは、作品の影の主役である。なぜならそれらを起点として、俯瞰や仰瞰といった視点のバリエーションのみならず、雑多に配置された物が手前に入り込むことで、レイアウトの多様性が生まれているからだ。作品全体に共通したことではあるが、『花緑青』は物の表面の質感をペインタリーかつ緻密に描写している。経年の劣化も含め丁寧に描かれたそれらは記憶を宿し、建築とその内部の重要性に説得力を増している。
『花緑青が明ける日に』©2025 A NEW DAWN Film Partners
監督の四宮義俊は新海誠作品にスタッフとして参加した経歴を持ち、『花緑青』にも数々の新海作品に美術として参加した馬島亮子がメインスタッフとしてクレジットされているが、その背景に対する美学は、新海のそれとは一線を画している。新海の作品はカメラのレンズを模した数々の撮影効果やぼかしを活用した演出を行なうが、四宮はあくまでも表面の質感描写を生かしながらポストプロダクションに取り組んでいる。ここには、彼が映像制作と並行して展開してきた、美術家としてのキャリアが反映されている。
そしてこうした「物を描く」ことへのこだわりは、『花緑青』のストーリーとシンクロしたものである。花火もまた、酸化剤、可燃剤、色火剤といった物質的な原料を中心に作られている。劇中に登場する数々の「物」を丁寧に描いているからこそ、多様な物質の複合体である花火が主題であることの必然性が生まれているのだ。しかも、物語のキーとなる顔料の花緑青は、花火の材料として使用されていたことはもちろん、絵具としても使われてきた。ここにおいて、アニメーションと花火は、ともに物質と技術の集積から立ち上がる表現として、同じ地平に置かれることになる。だからこそ、クライマックスに夜空に放たれる花火は、それまで作中で描かれてきたリアリティ溢れる事物の、純化された色彩として夜空に輝くのだ。
『花緑青が明ける日に』©2025 A NEW DAWN Film Partners
花火はいわゆる日本の「アニメ」において、キャラクターの心情の高まりを表現するミザンセーヌ(画面に映り込むもの)として半ば濫用されてきた感がある。劇場作品に限っても、例えば『君の膵臓をたべたい』(2017/監督・脚本:牛嶋新一郎)や『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(2025/監督:外崎春雄)のように、キャラクターの「花火が見たい」というようなセリフとともに花火が打ち上がる演出がしばしばなされてきた。もちろんそこにまったく理路が存在しないとまでは言わないし、アニメが生み出してきたさまざまなコンヴェンションの数々は、ジャンルの洗練に貢献してきた。しかしそのようなモチーフに対して、『花緑青』が徹底してマテリアルの側からアプローチを行なったことは記憶されるべきだろう★2。
このような定型を拡張するような意欲的なチャレンジは、製作体制やスタッフにも表われている。先述したように監督の四宮は、美術家であり大学で日本画を学んだというアニメ監督としては特殊な出自を持っているし、そもそも同作は、日仏の国際共同製作となっている。参加スタッフも日本の商業的なアニメに参加する熟練のアニメーターが何名も原画を描いており、ハチのMVも手がけている南方研究所や、ストップモーションのパートをディレションしたヴィクトル‧アジュランとさまざまな才能が集結した座組は特筆すべきだろう。こうした取り組みの国際性と作品の完成度もあり、『花緑青』はベルリン国際映画祭のコンペティション部門に選出された。
『花緑青が明ける日に』©2025 A NEW DAWN Film Partners
アニメーション史家の津堅信之は近年の著書において、2010年代以降のアニメを象徴するキーワードとして「越境」を挙げている★3。いわく、商業制作と自主制作の垣根が乗り越えられるようになり、さらに実写映画、ゲーム、VRといった隣接する映像分野との距離感が変わってきたと彼は指摘する。ここにはさらにMVなども含まれるはずであり、デジタル技術の普及による制作ハードルの低下もともなって、狭義の「アニメ」は、メディウムとしての「アニメーション」ないし映像全般と混じり合い、さらなる変容を遂げているのだ。
津堅はそうした動向のパイオニアとして、ほぼひとりで『彼女と彼女の猫』(1999)と『ほしのこえ』(2002)を作り上げ、商業大作を監督するまでに成長した新海誠を挙げている。そんな彼の作品に参加し、その集団制作を経験した四宮がここまで述べてきたさまざまな挑戦の末に『花緑青』を作り上げたことは、新海以降の日本のアニメーションの歴史的展開の、ひとつの帰結と言ってもいいだろう。
花緑青は、寒色寄りの色ではあるが、暖色/寒色といった二分法に回収しきれないニュアンスを持っている。四宮は初めての長編作品において、アニメーションという名の色相環のなかに、新たな色彩を見出したのだ。
★2──アニメにおける花火の扱いについては『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(総監督:新房昭之/2017)のように、物語の符牒として扱う作例もあったことを補足しておく。
★3──津堅信之『日本アニメ史』(中央公論新社、2022)pp.268-273
鑑賞日:2026/02/12(木)