コープ・ヒンメルブラウやMADアーキテクツ、槇文彦らが手がけた巨大なミュージアム群が林立し、「アジアのシリコンバレー」として急速な発展を続ける中国・深圳。MOCAPE(深圳市現代美術館・都市計画館)や深圳湾文化広場での充実した建築・デザイン展、新設された深圳美術館における深南大道をテーマとした現代美術展や歴史展示を踏まえて、急激な都市化と向きあう深圳の姿を、五十嵐太郎さんが考察します。(artscape編集部)
都市と建築を展示する
深圳・香港都市/建築ビエンナーレを目的にして、何度か香港から日帰りで訪れていたが、今回は初めて深圳を拠点に1週間弱滞在した。かつては漁村だったが、1980年に中国初の経済特区に指定されたことで急速に都市化が進み、現在は巨大なビルが林立している。そして「アジアのシリコンバレー」と呼ばれるようになった。すなわち、深圳は新しい人工的な都市であり、住民の平均年齢32.5歳は、中国のなかでも最も若い。筆者が四半世紀前に訪れたときは、有名な建築のデザインを真似たビルが多いと揶揄されていたが、今ではノーマン・フォスター、OMA、コープ・ヒンメルブラウ、ザハ・ハディド、MADアーキテクツ、デイヴィッド・チッパーフィールド、フクサス、磯崎新、槇文彦らの大型のプロジェクトが揃っている。そして2008年、深圳は中国初のユネスコのデザイン都市に認定されており、各種の施設において建築と都市に関する展示が充実していた。
深圳の中心部に位置する《MOCAPE(深圳市現代美術館・都市計画館)》は、行政の目指す都市像を市民が共有するためにつくられた。常設展示は、3フロアを用いて、都市のビジョン、各エリアの開発計画、建築のプロジェクト、歴史、法規、各種のデータなどを紹介している。
MOCAPEの都市展示[著者撮影]
こうした施設は、北京や上海などの大都市にも存在し、いずれも巨大な都市模型などを展示しているが、特に《MOCAPE》は重要な建築を個別に選び、設計者の名前も明記していた。また特集展示では、フアン・ドゥの著作『The Shenzhen Experiment: The Story of China’s Instant City(深圳の実験:中国のインスタント都市の物語)』(2020)を取り上げていた。なお、《MOCAPE》の未来的な造形と空間は、コープ・ヒンメルブラウが設計したものだ。

《MOCAPE》の前に設置された空山基の特大ロボット[著者撮影]
こうしたイメージは、企画展示の内容にも反映されている。一昨年はここで《上海当代芸術博物館(PSA)》から巡回した磯崎新展を鑑賞したが、今回はセクシーロボットのシリーズで知られる空山基の個展「光・透明・反射」(3月から東京に巡回)と、中国で進行中の数多くのプロジェクトを紹介する「可能性の建築:ザハ・ハディド・アーキテクツ」展が開催されていた。
空山基の個展「光・透明・反射」[著者撮影]
「可能性の建築:ザハ・ハディド・アーキテクツ」展[著者撮影]
昨年オープンしたMADアーキテクツによる《深圳湾文化広場》は、ダイナミックかつユーモラスな造形をもつ、大型の展示施設である。そのサインデザインには、原研哉が関わった。
MADアーキテクツによる《深圳湾文化広場》[著者撮影]
この施設はデザイン都市としての矜持を示すべく、さまざまな企画展を行ない、その内容、ならびに展示手法のクオリティも高い。例えば、1980年代以降の深圳の建築とデザイン、工芸、歴史(漢字、中国の古建築、モダニズム、バウハウス、ポストモダンなど)、未来的な技術、建築家・デザイナーによる「椅子:形態、機能、未来」展、そして現代アートでは、アンソニー・マッコールとエス・デヴリンの展示を同時に開催していた。
《深圳湾文化広場》でのデザイン展示[著者撮影]
「椅子:形態、機能、未来」展[著者撮影]
アンソニー・マッコールのインスタレーション[著者撮影]
エス・デヴリンの展示風景[著者撮影]
深圳の建築は、各回のカタログを用い、2005年から開催されている深圳・香港都市/建築ビエンナーレの歴史も紹介していた。また映像を用い、空間に幾何学を描く、マッコールのインスタレーションは、再評価すべき先駆的なメディアアートだった。深圳湾文化広場は、ロンドンのデザイン・ミュージアムやパリの装飾芸術美術館と提携を結んでいるという。
ところで、深圳では、これに先行して槇文彦による《深圳海文化芸術中心》(2017)が登場していた。
槇文彦が設計した《深圳海文化芸術中心》[著者撮影]
ここは当初、《ヴィクトリア&アルバート博物館》と提携し、デザインや建築を展示していた。現在もデザイン関係の展示は継続しているが、おそらく今後は《深圳湾文化広場》が本格的な役割を果たしていくだろう。
現代アートによる都市の表象
《深圳美術館》は、1976年に設立され、2023年に地下鉄の駅前、タワーマンションやショッピングモールがあるエリアに、3代目となる巨大な建築が誕生した。これはコンペで選ばれたドイツの事務所KSPエンゲルが手がけ、中央のデッキと大階段によってつながれた図書館と互いに向き合いつつ、いずれも大きな吹き抜けを抱える。必ずしもアイコニックな建築ではないが、側面から見たシルエットをシンプルにしたモチーフが、グッズのデザインに用いられていた。
KSPエンゲルが手がけた《深圳美術館》と図書館[著者撮影]
中国は、駅をはじめとして、あらゆる建築が、日本人の感覚からすると天井が高く、空間が大きい。《深圳美術館》も例外ではなく、デカい。室内の展示面積は2万平米に及び、複数の展覧会を同時に開催していた。例えば、風刺画、古代の陶器、書、水墨画、詩と画が交差する「サイレント・ポエトリー/ビジブル・ソング」展、グラフィックデザイン、スポーツ写真などである。特に興味深いのは、深圳美術館の歴史を振り返る企画、1980年代の深圳における美術シーンを回顧する展示、そして深南大道に注目した現代美術展だった。いずれも深圳という都市と美術の関係をテーマとしている。
「深南大道 都市伝説の鼓動」展は、急速な開発の要となった大通りをテーマとし、記録写真や都市を題材とする絵画、彫刻、写真、リサーチなどを紹介するものだ。キュレーターのステートメントによれば、2025年は経済特区に指定されてから45年の節目であり、この展覧会は深南大道を通じて、都市化の過程における地理的な空間と人間の感情の相互作用に注目している。全体は、「記憶:時の折り目」、「都会生活:ダイナミックなランドスケープ」、「パフォーマンス:劇場としての人生」、「想像:明日への賛歌」という4つのセクションから構成されている。
「深南大道 都市伝説の鼓動」展のストリートを意識した会場構成[著者撮影]
またアーティストは大御所から若手まで、多世代にわたり、さまざまなメディウムを使う作品が展示されていた。《深圳美術館》は都市を観察すること、都市の記憶を保存すること、都市の革新の触媒となることが求められており、この展覧会では、深南大道の歴史的な意義を振り返りながら、都市の精神を美的に解釈することを目指したという。会場構成のデザインもストリートを意識し、床に道路のラインや横断歩道の線を引き、カーブミラーを立て(来場者のセルフィー撮影に使える)、十字路をつくり、4つのセクションが振り分けられた。
ドキュメントとしては、発展する深圳のシンボルである有名なモニュメント、牛の彫刻を紹介しつつ、行政文書、開発についてのオーラルヒストリーのビデオ、まったく異なる風景に変容したことを示す開発前後を並べた写真、建設のための爆破写真、都市計画図、建設労働者の絵、食堂、店舗、寮などの写真、街で収集したサウンドなどが用意されていた。一方で最後のセクションは、深圳の夜景を美しく描いた絵画、超高層ビル群や工事現場の水墨画、1970年代の風景画などが紹介されている。
最後のセクション「想像:明日への賛歌」の展示[著者撮影]
また同済大学の建築家らは、電気街の華強北のエリアにおけるアクティビティの調査を発表していた。すなわち、博物館のように都市史を振り返りつつも、それだけではすくいとれない人間の活動を同時に知ることができる。
電気街・華強北のエリアにおけるアクティビティ調査[著者撮影]
ほかにいくつか印象に残った作品を挙げよう。例えば、幅が広い大通りには歩道橋がかかっているのだが、その上に立ち、足元を通過する自動車にあわせてアーティストが左右にステップする映像。大都市の道路をダンスゲームに見立てたものだ。都心を農場化するアーバンファーミングの写真。そして膨大な数の電子製品を再利用し、彫刻をつくる楊光である。
大都市の道路をダンスゲームに見立てた映像作品[著者撮影]
電子製品を再利用した楊光の彫刻作品[著者撮影]
おそらく、これだけ急激な成長を遂げていれば、光だけでなく、影となる負の部分も多かったと思われる。しかし、やはり都市政策に対する批判的な作品は含まれていない。そこはややものたりないが、それでも部外者にとって、まずは深圳という都市を様々な側面から知るのには助かる展覧会だった。
深圳博物館における歴史展示
巨大な吹抜けを抱える《深圳博物館》[著者撮影]
今回、初めて訪れた《深圳博物館》も、巨大な吹抜けを抱えた建築である。企画展はムガール帝国の宝物展を開催しており、こちらはスルーしたが、常設展示は圧倒的な情報量だった。その内容を時系列で並べると、古代、民俗文化、近代、そして改革後の経済特区としての発展などのセクションに分けられる。驚かされたのは、常設の方も多くの来場者で賑わっていたことだ。やはり、充実しているのは現代であり、もちろん、写真、モノ、データ、行政文書など、各種の資料も陳列されているが、戦争や重要な会議など、特定の場面を再現する展示が多いことが特徴だった。とくに民俗文化のエリアは、職人の生活、食卓、住宅、祭り、結婚式などの様子を、人形を配置した建築空間ごと展示しており、アカデミックというよりは、テーマパーク的な感覚が強い。また古代や近代のセクションは、導入部において、いかにも中国らしい社会主義リアリズム的な大きなレリーフも掲げられていた。
経済的に成長する現代のセクションは、やはり深圳のシンボルである牛の彫像から始まる。そして山を爆破して開発に着手した印象的な映像のシーンが続く。労働者の群像、建設の現場、夜の簡易宿泊所などは、リアルな彫刻によってつくられている。
1980年代の建設現場をリアルに再現した展示[著者撮影]
ほかにも会議の模型や、鄧小平が深圳を訪れ、鍬入れをしている彫像もあり、ここまでが第一章だった。
1992年の鄧小平の視察を再現した展示[著者撮影]
第二章は1992年から2002年までの期間を扱い、ハイテク産業を育成し、世界に開く過程を紹介する。例えば、当時の製品、巨大な都市模型やコンテナが積層された港の模型、《深圳美術館》でも展示された新旧の風景比較などだ。
第三章は、2002年から2012年であり、経済だけでなく、科学、文化、デザイン、スポーツなどの発展をとりあげ、これらに関連する建築や施設の写真が展示されていた。深圳・香港都市/建築ビエンナーレも、カタログや冊子とともに紹介されていた。
深圳・香港都市/建築ビエンナーレの歴史を紹介する展示[著者撮影]
ちなみに、昨年はザハ・ハディドによる《深圳科学技術館》も新たにオープンしており、子供が来るからといって手を抜かない、しっかりとした展示内容によって、科学教育に力を入れていることがよくわかる。
最後の第四章は、中国共産党第18回全国大会が開催された2012年以降であり、未来に向けてのビジョンを示す。わずか45年でつくられた都市の大きな模型が再び登場し、今後もどんどん書き換えられていくことがイメージできるだろう。しばらく前は建築のデザインが派手でも、中国の施工技術が粗いことが欠点だったが、最近のプロジェクトとしては、かなり洗練されている。当面、深圳は目を離すことができない都市である。