今月、日本デザイン振興会から2026年度のグッドデザイン賞に関する新体制が発表されました。新しく審査委員長に就任されたのは、株式会社中川政七商店の元会長である中川淳氏です。記者発表会では、自身がデザインの専門家ではないことから、一度は審査委員長のオファーを断ったと明かした中川氏。しかし、「日本のブランドが相対的に弱くなっている」という課題意識のなかで、経営者とデザイナーが共通言語として語るべき「ブランド」を紡ぐ役割を果たせると考え、引き受けられたそうです。2018年に「デザイン経営」宣言が出されてから数年が経ちますが、その概念やノウハウを社会へ浸透させていくための模索が続く現在において、経営とデザイン、そしてブランドに長く関わってきた中川氏の視座がいま改めて問われていると言えるでしょう。
就任のメッセージのなかで、中川氏は「ビジョンに資するデザイン」という視点を掲げられています。デザインは単なる直感的な造形の美しさや社会性にとどまらず、その根底にある企業や組織のビジョンをつなぎ合わせるものであるという指摘は、これからのモノづくりやコトづくりのあり方を考えるうえで欠かせない視点です。
また、審査副委員長には、ジャーナリストの川上典李子氏、プロダクトデザイナーの鈴木元氏、デザイナーの原田祐馬氏の3名が就任されています。中川氏が「コミュニケーションという領域でぜひ入ってほしい」と強く希望したことでアサインされたという川上氏は、国内外に広くデザインの価値を伝え、多様な人々との対話を通して日本のデザインの立ち位置を考えていくことへの意欲を語られていました。
鈴木氏の言葉で印象的だったのは、記者発表会の場で語られた「デザインとは美しい形をつくることだと思う」という率直な発言です。正しいことや合理的なことは数値化でき議論もしやすい一方で、個別最適の積み重ねが社会課題を引き起こしている現状がある。だからこそ、バラバラになった要素に具体的な輪郭を与え、全体の調和をとおして社会にしなやかな秩序をもたらす営みこそがデザインなのだというお話がありました。
原田氏は、これまで注目されにくかった細やかな気配りや、人々の関係性を穏やかに育むようなデザインに目を向けると同時に、審査のその先を見据え、受賞者同士がつながり、活発に意見交換ができる場をつくりたいと語られました。グッドデザイン賞という取り組みが、単に賞を与えることにとどまらず、そこから始まるネットワークや活動づくりを志向する新体制の姿勢に、筆者も頷くものがありました。
左から、原田祐馬氏、川上典李子氏、中川淳氏、鈴木元氏[公益財団法人日本デザイン振興会]
artscapeでは先月より、30周年記念企画の一環として齋藤精一さんや上西祐理さん、永山祐子さん、安藤北斗さんらを交えた座談会「『デザイン賞』で審査するとは?──ありうべきアワードと審査のあり方」を公開しました。審査の現場における途方もない熱量について語られた記事の結び(後編)では、アワードは単なる優劣を決める場ではなく、価値観を更新し、議論を誘発する装置であり、未来への「アーカイブ」の入り口として機能すべきだという意見が交わされていました。2023年度より3年間、グッドデザイン賞の審査委員長を務めた齋藤精一氏は、審査員の特権として「『今年はどうなっているんだろう?』という定点観測ができること」を挙げていました。社会の価値観が凝縮されるアワードの動向を、一過性の結果発表として捉えるには惜しいものがあります。そこから立ち上がる時代ごとの輪郭を読み解くことは、社会の変化を捉えるための視座ともなるはずです。
新しい審査体制のもと、アワードという場を通して、これからの社会にどのような意志やビジョンが立ち上がり、また次の時代へと橋渡しがなされていくのか。そのゆくえを、これからも追いかけていこうと思います。(h)