発行年:2024
発行所:The Eriskay Connection
デザイン:Jeremy Jansen
公式サイト:https://www.eriskayconnection.com/monumental-moments/
※印刷博物館「世界のブックデザイン2024–25」展(会期:2025/12/13~2026/03/22)会場にて展示
印刷博物館で毎年開催されている、世界各国のブックデザインのアワードを受賞した書籍を集めた企画展「世界のブックデザイン2024–25」で、ひときわ異彩を放っていた一冊のアートブックがある。オランダ人アーティストであり元医師のエリック・リーバー(Erik Lieber/1950-)によって編纂された『Monumental Moments』(2024)だ。本作は、オークションサイトで偶然発見された「見知らぬ日本人の母娘」のスナップショットを起点に、10年もの歳月をかけてアメリカのウェブショップ群から約1000枚のスナップ写真を蒐集・構成した、きわめて異質な写真実践である。
1955年頃から1996年にかけて、少なくとも14カ国の観光地で撮影されたという母娘のイメージが、タイポロジー的な視座で執拗に集積されている。
写真史家のジェフリー・バッチェンが論じたように、スナップ写真というヴァナキュラーなメディアは、所有者にとってはかけがえのない記憶の証左であると同時に、匿名の他者の目には中産階級的な規範に従った均質で退屈な記号として映る。リーバーはここで、ある無名の家族の伝記的ナラティブを再構築することを周到に拒絶する。画面上に並置されるのは、観光名所を背景にカメラを見つめるセルフイメージの集積であり、個人的な親密さはグランドツアー的な構図の反復によって客体化されている。
同じく行き場のないファウンド・フォトを扱う原田裕規の映像作品《One Million Seeings》(2019-)と対比することで、リーバーの冷徹なスタンスはより鮮明になる。原田の実践が、不特定多数の廃棄写真をカメラの前で一枚ずつ見届けることで、写真に宿っていた親密圏を鑑賞者へと遷移させ、他者の情景へと還そうとする弔いとして機能していたとしよう。対照的に、リーバーは被写体への感情移入や親密圏の回復を一切退け、写真というメディアが孕む物質的な喪失と、消費社会における自己イメージの儚さをそのまま突きつける。かつて個人の経験や記憶として私的に囲われていたはずの家族写真が、ある日を境に売り出され、国境を越えて無数のウェブショップを漂流する資本ネットワークへと回収されていく現実。リーバーによる圧倒的な量のポートレートの並置から露呈するのは、被写体の生ではなく、何が不可視となり、何が欠落してしまったのかという忘却そのものである。
さらに本作は、これら身元のないイメージを単なるアーカイブとして掲げるのではなく、アートブックという一冊のシークエンスへと再配置している。それは、無価値なデータとして散逸していく記憶の断片を、書物のなかに束ねる試みにほかならない。本作が私たちに突きつけるのは、私たちの自己イメージがいかに不確かで消費されやすいものであるかという問いであり、写真という記憶の生産システムが、同時に事実を忘却させることを暴き出す冷徹なメディア論的実践と言えるだろう。
印刷博物館「世界のブックデザイン2024–25」会場[筆者撮影]
鑑賞日:2026/02/01(日)