会期:2026/01/27~2026/02/01
会場:KUNST ARZT[京都府]
公式サイト:http://kunstarzt.com/Artist/HASHIMOTO/Rio.htm

漆は、近代美術の成立過程において、絵画を頂点とするヒエラルキーから排除され、「工芸」として周縁化されてきた。漆工芸では、塗りと研磨の工程を繰り返すことで均質で滑らかな表面を得ることができ、コーティングによって表面を保護する機能ももつが、制作過程で漆の樹液と皮膚が接触するとかぶれが生じる。「均質に磨き上げられた表面の美しさ」と「炎症や痒みを引き起こす」という漆工芸が内包する、美と不快の相反する性質を積極的に引き受けることで、工芸/現代美術の境界をどう侵犯することが可能か。純粋芸術(ファインアート)から排除された「装飾」や「触れることの禁忌」を戦略的に前景化することで、美術のルールをどう書き替え、内部へ侵入することができるか。こうした問いが、橋本梨生の制作を駆動させている。

《1/X》は、制作過程の記録映像のサブタイトルが「バトルロワイヤル」と命名されているように、大量のバルーン・ドッグを一体ずつ吟味し、「形がよくない」と判断されたものを、着色した漆を塗布したアルミパネルの上で素手で叩き潰していくプロセスによって構成されたインスタレーションである。バルーンが破壊される衝撃によって、色とりどりに着色された漆は飛び散り、爆発の痕跡のようにアルミパネルに残される。この破壊行為によって生じた窪みに再び漆を塗ることで均質な表面を回復させたのが、平面作品《1/X-現場》である。破壊の衝撃と痕跡を伝えるそれは、例えば、嶋本昭三が絵の具の入ったガラス瓶をキャンバスに投げつけた「瓶投げ絵画」や、鉄パイプに絵の具を詰めてガスで噴射する「大砲絵画」のような激しいアクションを伴う絵画制作を想起させるが、その表面はどこまでも平滑で磨き上げられ、「絵画」と自らを弁別する。また、破壊されたバルーンの残骸を詰め込んだキューブは《1/X-prop》として立体作品化され、さらにそれを台座のようにして、最後に残った個体が《1/X-1/178》と命名されて鎮座する。この《1/X-1/178》は、バルーンを石膏で型取りし、布を漆で貼り重ねて成形する脱乾漆技法で制作されている。


橋本梨生《1/X》(2026)[撮影:Koga Kuranishi]


橋本梨生《1/X-現場》(部分、2026)[撮影:Koga Kuranishi]


上:橋本梨生《1/X-1/178》(2026)、下:橋本梨生《1/X-prop》(2026)[撮影:Koga Kuranishi]

ツヤツヤと黒光りする高級感をまとって台座に鎮座するバルーン・ドッグ。選別と吟味を重ね上げられた最高の出来の一体。言うまでもなくそれは、ジェフ・クーンズによる「セレブレーション」シリーズのなかの《バルーン・ドッグ》(1994-2000)を想起させる。クーンズは、遊園地で子ども向けに売られたり、パーティーの飾りつけに使われるキッチュな動物型のバルーンをモチーフに、周囲が写り込むほどに鏡面加工されたステンレス鋼の巨大な彫刻作品として作り替えた。ちょっとでも触ろうものなら指紋が付いてしまうほど、ピカピカに磨き上げられた表面は、「触ってはいけない」という美術の絶対的な法を体現する。同時にそれは、大衆的で取るに足らないような量産品が、高額で取引される「アート」に変容するという錬金術それ自体の提示でもある。

キッチュのアプロプリエーションであるクーンズの作品を、さらにアプロプリエーションの対象とした橋本の作品は、「鏡面加工されたステンレス鋼の彫刻」というアートの文法の代わりに、「漆を滑らかに塗り重ねた光沢の高級感」でもって、チープでキッチュな存在を「アート」に塗り変えてしまう。それは、「工芸」として周縁化されたものによって、現代のアート産業の権化のようなクーンズの作品を書き替える、抵抗と侵入の試みである。だが、「触れてはならない」という絶対不可侵のアートの神聖性を極度に抽出したクーンズの彫刻とは異なり、橋本の作品は、「かぶれるから触るな」という別の不可侵性を内包する。

制作過程で必然的に、橋本の手や腕は漆の飛沫を浴び、炎症や痒みが生じる。悪化するとわかっていても皮膚をかきむしりたい衝動を、「触れてはならない」漆を塗った表面を指で引っ掻く行為と重ね合わせたのが、《Don’t touch me!》と《But I Can’t help touching it.》である。アルミパネルに塗った、まだ硬化していない漆の表面に、それぞれのタイトルの英文を爪で刻み付けた平面作品だ。触ってはいけないものに触れることの衝動と禁止をめぐる言葉が、文字通り刻まれている。《1/X-現場》と同様、これらの平面作品も一見、「絵画」に見える。つまりそこでは、「絶対に触ってはいけない」という絵画(美術)の至上命題が、漆工芸という周縁化されたメディアによって、転倒的に反復され、宣言の二重化によって両者の境界が曖昧に侵犯されているのだ。


橋本梨生《Don’t touch me!》(2026)[撮影:Koga Kuranishi]

さらに、橋本の作品において、漆とは、工芸/美術の境界を撹乱するだけには留まらない。写真シリーズ「Pain into Paint」は、漆による炎症をひっかいた傷の写真と、同じ位置に傷を模倣するように漆を塗布して再現した写真を並置している。漆は、ウルシの木が外傷を受けた際に分泌する樹液であり、人体が傷を負った際、血液を分泌・凝固させて傷を塞ごうとする反応と類似している。ウルシの木という他者にとっての「血液」である樹液を、自身が負った傷を治癒するための手段へと転じさせることはできないか。他者が受けた痛みと治癒のプロセスを自覚的に引き受け直すことが、自分自身の治癒へと想像的に転じるとき、自己と他者の境界はどこに引き直されるのか。切実な問いと希求がここにある。


橋本梨生《Pain into Paint #2》(2026)[撮影:Koga Kuranishi]

鑑賞日:2026/01/31(土)