[ガイドブック]
『うつほの襞0 塵と汐のみち 福島県富岡町ガイド』
企画・執筆:humunus(小山薫子・キヨスヨネスク)+秋元菜々美
発行日:2025/05/01
発行者:humunus
公式サイト:https://humunus.base.shop/items/129090032

[特別ツアー]
開催日:2025/11/29
会場:JR常磐線富岡駅周辺[福島県]

防波堤と道路が並行する浜街道から福島第二原子力発電所を眺める[筆者撮影]

戯曲という媒体がテキストであると同時に、上演する身体やそれら事物を実現するための共同制作を求め、発話を念頭に読まれる本でもあるように、humunus(フムヌス)+秋元菜々美が発表した書籍『福島県富岡町ガイド うつほの襞0 塵と汐のみち』もまた、福島県双葉郡富岡町でのツアーパフォーマンスを前提に、あるいはツアーパフォーマンスに基づいて執筆された書籍である。読者の移動と訪問、humunusの小山薫子とキヨスヨネスク、秋元菜々美の発話を想像させるテキスト、関係者への聞き取りや調査記録が主となる。富岡町夜の森出身の俳優である秋元と、東京と福島の二拠点で活動するパフォーマンスユニットhumunusは本書の内容に連動したツアーパフォーマンスを多数行なってきたが、そのためのフィールドワークや試作もまたツアー的である。また、パフォーマンスとは銘打たないツアーを、富岡町の訪問者に向けて行なうこともある。よって、このテキスト群、ツアー、パフォーマンス、声をめぐる実践はそのどれにも分かちがたく、本稿も書籍とツアーパフォーマンスの内容をまとめて扱う★1

本作は富岡駅から浜通りの一帯を対象としているが、0とナンバリングされていることからわかるように、双葉郡一帯にわたるhumunusと秋元の「うつほの襞」と名づけられたプロジェクトの一部である。書籍化されていない他エリアのツアーも過去に実施されている。語りの中心にあるのは、2011年の東日本大震災の津波によってメルトダウン(炉心溶融)した東京電力の福島第一原子力発電所、メルトダウン寸前の緊急事態に陥った第二原子力発電所にほど近く、その多くが帰還困難区域に指定された福島県双葉郡である★2。そのなかでも海に近い富岡駅から本作は始まる。

humunusと秋元が語るのは、この土地の物語である。土地という言葉に、不動産用語で言われる以上の意味があるのは言うまでもない。地形、地質、地理、地勢……それらを含んで土地と3人は呼ぶ。

富岡駅で聞く第一声は秋元の執筆/ナレーションによる「塵の向かう方に」だ。富岡駅の隣駅にある夜の森(よのもり)に育った秋元は、中学生のときに被災した。フェンスで覆われたホームタウンには何年も立ち入れなかったし、帰還する住民は少なく、いまはほとんどが更地となってしまった。その風景と連続しながら、津波にさらわれ、いまは防災林が育ち始めた富岡駅周辺が、同じく更地として語られる。前夜に泊まった新しく綺麗なビジネスホテル、原発にほど近い丘まで上がらないと現われない飲食店……。海抜ゼロメートルの海岸線から、高さ20メートルの津波の間に呑まれたものの多さが、ツアー以前の経験も含め時間差で想起される。声の主の当事者性が、語りの内容を強めているのは事実そうである。秋元の経験は、誰の何によっても代えられないし、重ねがたい。

だが、本作がツアーパフォーマンスに仮託しているのは、移動によって語りの内容が(擬似的でもあるにせよ)当事者化されていくことである。高低差によって生死が分かれる津波について語られるとき、坂道で息が上がる私はそのときの眺めを想像している。この想像はかつて見られた光景にまったく至るものでないし、その光景に対峙した人々のそれまでの過去もなにもかも私には備わっていない。それでも、この歩行が私の想像力にわずかながらの負荷をかける。少しでも想像を強めようとする。

「坂と慰霊之碑」は、海へ向かって下っていく坂道沿いを語っている。この碑の15メートル下にはかつて「割烹魚八」という店があったそうだ★3。この坂は急峻であったが、復興により、ゆるやかな隆起に変更されている。このゆるやかさと汐橋とのつながりで、いまは海まで道がまっすぐ伸びる。これはこれでいまの風景だ。かつての坂はいずれ、あるいはすでに、忘れられている。ずっと思い出し続けるわけにもいかない。かつてあり、いまはもうない「ろうそく岩」の形の変化と、眺める足元の地形の変化。ここ富岡では、眺めは、眺める足場から変更されていることが強く意識される。

このように、本作は土地のそこここを語り、私のものではない誰かの記憶やかつての私の記憶を呼び起こす★4。ツアーパフォーマンスにもうひとつ託されているのは、この共同性でもある。ほかの参加者を視野に入れながら坂を上がるとき、橋を渡るとき、防波堤に横並びに腰掛けるとき、食卓を囲んだとき、浜をそぞろ歩くとき……。ここに集まった私たちが、ここに集まっている私たちだけではなく、過去に、あるいは未来にこのように歩く誰かを含んでもいること、あるいは、私たちがそのような過去や未来に含まれていること「うつほの襞」は、あるいはこの土地は伝えてくる。

本作の後半では、彫刻家・井出則雄の作品や半生、また津波で押し流された詩碑の辿った経緯に触れている。1986年に急逝した井出は、眺めを気に入ってろうそく岩の近くにアトリエを構えた。詩は、眺めに──文字通り──添えられる。

書籍に含まれたテキストのすべてがオーディオガイドになっているわけでもない。読む私は、それらの声を詠んでもいる。そうして声がまた添えられる。

ツアーは昼食も含め約6時間に及んだ。歩き疲れたこのツアーだが、振り返るとそう広くはない一帯での出来事だった。すべて、初めに見えた風景のなかで起きているが、それゆえに私は私の眺めにいま起きた変化も、かつて起きてしまった変化も感じられている。

このように分かちがたくある語りによってしかできない眺め方と思い出し方があるのだ。時間がかかろうとも、読み返しながら次を待とうと思う。

ツアーの終盤。この先には津波で押し流され座礁したタグボートが残されている。訪れるたび、砂に深く埋まっていく[筆者撮影]


★1──本稿で述べるツアーは、書籍の出版に向けて実施されたクラウドファンディングのリターンとして実施された「特別ツアー」の内容に基づく。筆者は2023年にも同地を訪れ、浜通り以外の地域も含めたダイジェストのツアーに参加した。さらに2021年には、ツアーに諸事情で参加できなくなったことから、複数の地点を共有してもらい、自身で訪ねた。そのどれも異なる経験であるが、どれも「うつほの襞」でもあった、と言ってよいだろう。
★2──双葉郡を含むおよそ309平方キロメートルの土地は、2026年3月現在も帰還困難区域の指定が解除されていない。ツアーが実施されているのは、こうした帰還困難区域内の避難指示解除された区域である。
★3──陸前高田を拠点としていたアートユニット小森はるか+瀬尾夏実も、古い街の上に新しい街が重なっている状況に作品などで繰り返し言及している。
★4──当日の参加者は約10名。首都圏からの参加者は少なく、近郊や県内からの参加者が多くを占め、複数回参加している方もいた。


ツアー参加日:2025/11/29(土)