会期:2026/02/13~2026/02/15、2026/02/20~2026/02/22
会場:港北水再生センター[神奈川県]
公式サイト:https://bankart1929.com/yasuratakeshi/

大勢の人間が集まって生きる都市を衛生的に、かつ滞りなく駆動させるために存在する下水処理施設。日本全国に約2000カ所あるうちのひとつ、横浜市の港北水再生センターで、アーティスト・保良雄の「TOTEM ORGA(H)/トーテムオルガ」が発表された。この発表をどのような輪郭で見て、言葉で囲うかは難しい。

作品とは、水再生センターの敷地内に置かれたさまざまの立体物や構築物、写真や映像のひとつひとつを指すだろうし、それらが作品リスト上でアルファベットでしか呼称されていないことから、すべて合わせてひとつの作品だと考えられもする。同時に、それらの空間配置や、見て回る移動経路も作品を構成している。ツアースタッフに帯同する横浜市水道局の職員によるコメントは作品そのものではないかもしれないが、作品経験の一部ではあり続ける。門扉とレンガ塀で囲まれた水再生センターの敷地は、作品経験に対して仮の輪郭を設けるが、下水管は敷地の外、街と同様にすべてへ広がっている。すべて、といってもそれは横浜市の一部地域に限られてはいるのだが、「トーテムオルガ」を通じて対峙しようとする巨大なエコシステムは人間の設けた行政区分の制約には関わらないので、ここで起きていることはどこでも起きていることでもある、のだと思う。

案内文によると、本来のトーテムというのは「特定の存在を媒介として社会の構成要素の結合と区別を組織する宗教的/人類学的/社会学的テーマ」であるが、「トーテムオルガ」では「特定の動植物や紋章ではなく、汚泥、再生水、微生物、骨材といった、都市生命体の内奥部で脈打つ諸要素の関係性」が「人間と自然の関係性を社会的に処理し構成する『現代のトーテム』として機能」しているという目線が前提となっている。

ツアーの始まりを待つ前庭には、小さな水循環システム(センターの既存工作物)で駆動された階段状の水路/池、その上に設けられた東屋が、離れた茂みには双眼鏡が立てられている。双眼鏡をのぞくと向かいの建物およそ5階ほどの高さに貼られたエベレストの写真が見つかる。この地表でもっとも高い地点──水の流れ始める最上流──の写真がここにあり、下水処理施設という最下流──あとは川から海へと流れ込むのみ──にいるということは、この地球のエコシステムの両端を自ずと想起することになる。地理として直接のつながりはないものの、高さによって結ばれるものへの意識がまず提示される。

以降、施設敷地内を歩くのだが、ツアー冒頭に、これが作品解説ツアーではない旨が伝えられる。しかし、動線はツアースタッフによって導かれるし、私たちが作品と出会う順序やタイミングはある程度コントロールされているから、これは自ずと作品経験の軸となってしまう。保良の「あらゆる存在を単一の水平軸上に並べ直す視点」は、ツアーの移動によって得られる実感と比べられることになる。

ところで、下水処理施設は川に面している。人間の汚物や各種化学物質を含んだ汚水は、まず重力降下でここまでやってくる。街中では地下わずか数メートルだったパイプの深さは、わずかな傾きで流れるうちに、地下20メートルほどに下っている。地表の処理槽へ入るには、重力に逆らって上る必要があるので、まずポンプで引き上げられる。そして、処理施設の敷地内を再び重力に従って下ることとなる。

ここで注目したいのは、既存のエコシステムへの介入である下水処理もまた、重力にしたがって実行されているという点だ。もし人間の都市がなかったならば、エベレストから海岸線までの数千メートルの高低差を、水はゆっくり下りながら、その過程のすべてを用いて浄化されるだろう。だが今日、高低差の末端である平野部は人間の都市が占めている。汚濁は海抜ゼロメートルへ下るまでの最後の数メートルのうちに集約される。だから、いったん地下へ、マイナスの深さまで下らせて高低差を稼ぐ。あとは、帳尻を合わせるためにポンプがある★1

下水処理施設は高低差が示す重力のはたらきを平面に配置し直している。施設入口に近い側が汚水で、川に近い側は浄水。下るほどにきれいになる。平面に規則正しく並んだ円形や四角形は、絶対的な高低差に裏打ちされている★2。私たちがこの高低差に準じた順序を入れ替えたり省略して経験することは叶わない。唯一、遡ることはできるが、一見縦横無尽に見えるツアールートは、この強固な原則から逃れることはなかった。

そのうえで考え直してみる。本作がまず行なっているのは、自然環境に介入し/介入されながら、普段は隠されている人間社会を支える都市機能をあらわにすることだ。新たなトーテムはそのように隠されたものの内にありえるし、その組み上げのために保良の作品は存在していたはずだ。保良は9点の制作物を4つのエリア(うち1カ所は複数階に作品が点在)に設置し、鑑賞者に私たちを取り巻いている都市のエコシステムを問い返したり、振り返るための視座を提供する。例えば、人糞を織り交ぜた汚泥レンガ、再生水の水槽前に置かれたキメラのようなガラス彫刻、海外から持ち込まれた石、各地の自然素材……。「ハンドアウトには作品素材が書かれています」とツアーガイドから強調されたが、作品それぞれは、その形象以上に、それがどこからやってきた何であるかが重要である。それらには保良によって加工され──エベレストの雪氷へ添える手の写真はまさに加工の様子だ──作品となっているが、この素材の申告に、あるいは申告のしようがない下水処理施設に蠢く微生物たちや化学反応に、新たなトーテムの手がかりがある。だが、そのための保良の「あらゆる存在を単一の水平軸に配置し直す」という手つき、その先にありうるトーテムが鑑賞者に手渡されたとは言いがたい。

ツアーの経験は間の何をも省略できず、始めから終わりまで連続したものだ。鑑賞者は、この経験を元手に思考することになる。施設配置から逃れられないツアールートは、重力に従う自然環境の原則を示し、都市のエコシステムがその原則をどうにか構造化して運用しているという側面を強調する。新たなトーテムに向かうための作品たちは、この強調された既存構造のなかに埋もれている。

世界各地を飛び回り、あらゆる素材に触れてきた保良には見えたであろう新たなトーテムを、鑑賞者には組み上げられないという断絶がツアーによって引き起こされていた。ハンドアウトに並ぶ素材情報の文字間にある飛躍を思うほど、この断絶は強く感じられる。重力への身体の実感は、微細なものたちへの想像力を押しつぶした。

ハンドアウトに記載されているが、港北水再生センターの汚泥──浄化した結果残る堆積物──は、地下配管で15キロほど離れた臨海部へポンプ圧送され続けているらしい。重力の原則の末端で動く下水処理施設から逃れるルートのひとつが、この配管だ。重力ではなく動力によって解決する人間らしい手つきだ。しかし、各作品で示唆されたように、まだ異なる手つきがありえるのだ。そのような手つきを辿れるルートの発見に、そのように別様に移動する身体の発見に、鑑賞者の新たな想像力の立ち上がりがあるように思う。

港北水再生センターの敷地に設置された平面図。下水処理の工程は川へ徐々に近づくように、浄化槽から浄化槽を次々と通過していく[筆者撮影]


★1──水の自給率が低くマレーシアからパイプラインで水を輸入するシンガポールは、再生水プラントや貯水ダムなど、水にまつわる先進的なインフラ整備を国家プロジェクトとして取り組んでいる。下水再生率100%を目指したプラントは国土である小さな島の端に設けられ、排水管を次々に合流させた先の巨大なパイプにつながれている。当然、地下数十メートルにパイプの先端は達しているためポンプによる汲み上げが必須である。また、標高150メートル台の2つの丘陵を除いて平坦な湿地帯であるシンガポールでは、高低差の利用が極端に難しい。それでも水を貯める一番の方法は重力による流れをせき止めることなので、あらゆる河口部がダムの水門で塞がれている。シンガポールは島全体が生存のための貯水池(地)であり、既存のエコシステムの強化と徹底が行なわれている。
★2──ツアーの途中で見学したコントロールルームには、施設へ向かってくる各下水管の高低差を描いた断面図が掛けられていた。街に張り巡らされた下水管のネットワークは、最後は重力に従った傾きの図として理解されている。


鑑賞日:2026/02/15(日)


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