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美のデジタルアーカイブ〈2〉
国家的デジタルアーカイブを構築する 「フランス美術館修復研究センター(C2RMF)」 影山幸一 |
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欧州連合(EU)各国の中でも特に文化産業施策としてのデジタルアーカイブを率先してきたフランスは、約1,200館の国立・公立ミュージアムの所蔵品のほか、ヨーロッパ各地の美術館収蔵品のデジタル化を1990年から本格的に始めている。今回はそのEUのデジタルアーカイブ総本山ともいえるルーブル美術館地下に設置されている、フランス文化省フランス美術館修復研究センター(C2RMF)を中心に欧州委員会の動向を交えながらお伝えする。 C2RMF(Centre de Recherche et de Restauration des Musées de France)は、フランス美術館研究ラボラトリーとフランス美術館修復センターが統合して1998年12月にできた国立の機関である。美術館の収蔵品に対する研究と修復を中央集権的に扱い、国の主要なデジタルアーカイブを行っているセンターである。X線写真・紫外線写真・赤外線写真・横からの光で撮影した写真・拡大写真・デジタル画像・照射電子顕微鏡など、作品に対して全方位的に考えられる限りのあらゆるアプローチで画像を捕らえようとしている。 各館が独自に進めるわが国のデジタルアーカイブは、ハードの構成に重点を置くように思われるが、 一方、C2RMFのフランス国内での活動は「絵画」ベースで15,000点の作品に関わる写真153,000枚とX線写真175,000枚を集積、70,000枚がデジタル化され、4,000枚が研究・修復レポートに編集されている。「オブジェ」ベースでは31,000点の作品から36,000枚の写真及びX線写真100,000枚を作成、うち8,000枚がデジタル化され、2,600枚が研究レポートに編集された。また、文化財コンセルバトゥール(国立文化財学院*修了者)は、産業遺産の技術や歴史を地域別に1983年から「文化財総合目録」へデータ化し順次追加している(*博物館行政を担う人材を養成する高等専門学校)。このほか、フランス国内の文化遺産をデジタル化する「ICONE2000」プロジェクトや近・現代美術作品をデータベース化する「Videomuseum」プロジェクトなどがある。 これらフランスのデジタルアーカイブが国全体としてスムーズに進展している背景には、フランスの伝統あるアーカイブの存在が考えられる。以前、C2RMF情報技術部長のクリスチアン・ラアニエ氏にデジタルアーカイブの技法を尋ねたことがある。「Digital Archives」という日本的な造語表現では意味が伝わらず苦慮したことが思い出される。アーカイブのデジタル化であって、デジタル化を前提としたアーカイブではなかったようだ。C2RMFでは長い年月で培われてきた保存・修復・管理のノウハウが体系化されているからこそ大所高所から、独自のデジタル化にあたっての迅速な判断ができるのだろう。上記の欧州プロジェクトなど、近年のデジタルアーカイブ動向を見ると、アーカイブの選択肢の一つに今日的な手法として、デジタルを加えたというくらいの落ち着きさえ感じる。 ただし、問題がないわけではない。パソコン以前にフランスのネットワークは1970年から一家に1台あるといわれるフランステレコムのビデオテックス端末「MINITEL」が普及し、パソコンの普及が進まないようだ。単位人口当たりのパソコン普及率は、30.5%。アメリカの58.5%と比較すると低いが日本の31.5%とほぼ同じである。((社)電子情報技術産業協会ホームページより。ITU(国際電気通信連合)2000年12月調査) さらに情報化に伴う財源の確保や権利問題は、日本と同様にデジタル化推進の妨げとなっている。ユーロ多文化圏の中における国際標準と規制も先行きはまだ不透明で対策が検討されている。 しかし、その状況下でも「MINITEL」で公開されていた絵画・デッサンのデータベース「JOCONDE」(登録12万件、公開2万件)が1995年よりインターネット公開も始めるなど、情報リテラシィを早期に解決する動きがあるほか、国境を越えた国際規格、とりわけ国際標準化機構(ISO)、国際電気標準会議(IEC)、国際電気通信連合(ITU)、ミュージアム・コンピュータ・ネットワーク(MCN)、国際博物館会議ドキュメンテーション委員会(CIDOC)などの情勢を注視しながら、フランス文化省は敏感に高度情報社会を牽引している。 そして、欧州委員会では、各国共通のビジョンを持つことが最優先であるとして「共通理解のための覚書(Memorandum of Understanding)」と「博物館・美術館のためのヨーロッパ憲章(European Charter for Museums and Galleries)」をまとめた。 知性、感性、技術などの蓄積物である作品を美術館がデジタル化し、社会に公開される情報は、それらを享受する各人によって再構築されることで初めて生きた情報となって行く。そのためのコミュニケーションやサービスが益々重要となるのは当然であろう。フランスのC2RMFには徹底した作品の分析・調査を科学的に行って、その結果をすべて情報にしようとする執念をも感じる。目に見えないアウラまでも捕らえようとするその物理化学的手法(軽量の構成分子を限定する効果があるAGLAE粒子加速装置による作品分析など)は、作品の根源への一探求であり、同時にそこから得られた膨大な情報が、新たな発想を生むことを確信してのものと思われる。ラアニエ氏らが論文の中で引用している次のテキストを読むとそのことがよく分かる。「視覚のレベルを変え、物理学的・化学的情報を利用して作品に関する知識を豊富にすれば、新しい興味を喚起する条件、更には一般大衆と過去の作品の関係を深化する条件をつくることが出来る」(Mohen,1993)、「全ての図像は隠された意味を表している。図像は不可視のものを直接認識することは出来ない。図像は、人間を認識の道に導き、不可視のものを見せるために考え出されたものである」(キリスト教高僧ジャン・ダマシェーヌ)、(共に「《全訳》NARCISSE:絵画研究のための高精細画像の利用」から引用)。また、アンドレ・マルローの「空想の美術館」やアビ・ヴァールブルクの「ムネモシュネー」を現出するかのように大量の画像を網羅していこうとする姿勢と、フランス国立美術館連合(RMN)との協力で研究成果を多言語のCD-ROMで一般販売する行為に、日本との文化政策や歴史の違いを感じる。近似かつ大量の画像の一覧によってもたらされるものは、問題解決のための辞書的な役割ではなく、画像が思考を促す過程で発生する創造の起源となることに意味があるのだろう。いずれにしてもフランスが美術作品におけるデジタルデータの質量ともに世界でトップレベルなのは間違いない。バーチャルの空間世界でも芸術の都を再現しつつあるのだ。 「NARCISSE」 ・「CRISATEL」・「CHERI」の3プロジェクト構築時のデータを参考のために特徴的な部分を抜粋して転載しておく。「NARCISSE」は10年ほど前のデータであるが、デジタル化初期の段階から高度な技術で最高の絵画写真デジタルアーカイブを指向していたことがうかがわれる。また、「CRISATEL」はキャンバス画の直接デジタル化として色を考慮して撮影している。そして、2001年の「CHERI」からは、今まで構築してきたデータの再構成とバージョンアップの様子が分かる。
■参考文献 [かげやま こういち] |
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