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美のデジタルアーカイブ〈3〉
ルネッサンス芸術を直接デジタルアーカイブする イタリア・Uffizi Gallery 影山幸一 |
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メディチ家によって1581年イタリア・フィレンツェに設立されたのが、最古の美術館として名を挙げられるUffizi Galleryである。Uffizi Galleryはルネッサンス芸術の殿堂といわれ、レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」、ボッティチェッリ「プリマヴェラ(春)」、ミケランジェロ「トンド・ドーニ(聖家族)」、ラファエロ「ひわの聖母」、ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」など多くの作家の名画がポータブルのCDプレヤーの音声で解説され、わかりやすく鑑賞できる。天井や窓枠などの建築材に木材が使われて、自然光を上手に採り入れた東洋的な香りのするやわらかい印象を与える美術館である。
Uffizi Gallery先進技術部の推進するデジタルアーカイブ、DADDIプロジェクト(Digital Archive through Direct Digital Image)は、“直接デジタル撮影処理によるデジタルアーカイブ”といわれているもので地元のイタリア・フィレンツェピストイア及びプラート地区文化遺産監督局、チェントリカ社、フローレンス大学電子工学部やデンマークのフェーズワン社と日本の凸版印刷(株)などが支援、参画している。 所蔵作品を保存・修復・活用するため、デジタルアーカイブの新規撮影が2000年4月より2003年3月を目途に行われている。絵画や彫刻の所蔵作品総数が約2,000点と意外に少ないのが印象的である。しかし、この点数であればこそ、撮影と同時にデジタル化が可能なのだろう。それにしても毎週月曜の休館日を利用して作品を1点ずつ撮影・デジタル化していくことは容易ではない。現地の撮影現場では、まず撮影前の設営に時間が取られ、撮影時間も1作品約30分と時間がかかる。1日で作品7、8点ほどしか撮影できないという。ユニバーサルスタジオなどで使われる映画撮影用の全方位照明機、デジタルカメラ、コンピータ、モニターなどを操作し、ディレクターとカメラマンの2人で設営から撮影まですべての作業を行う。このペースで行くと撮影期間は5、6年かかることになる。 国家プロジェクトでないDADDIプロジェクトは約175,000ユーロの予算で開始されたようだ。チェントリカ社のプロデューサーMarino Caliterna氏は、苦労することは、予算(寄付金など)作りと、撮影時の金色額縁の乱反射や作品前にあるUV用パイレックスガラスの反射や撮影時の振動によるブレ、限られた空間、プロセスにかかる時間、機材の移動など多様にあるそうだ。また、「美術品保管のためにはデジタルアーカイブは当然の行為であって、これにより今までに見えていなかったものが見えてくることも多い」とも発言している。日本国内でも潤沢にデジタルアーカイブの予算が集まらないのは同じであろうし、現場ごとの問題もある。このデジタルアーカイブというものがまだ新しい分野であり、未成熟な結果の問題ではあるがただ傍観しているわけにもいかない。作品は確実に劣化しているのだから。 Uffizi Galleryのデジタルアーカイブで特徴的なことは、新規に作品を撮影しながらその場でデジタル化を行っている点と、超高精細画像で色管理に重点を置いている点である。日本国内では、ポジフィルムをドラムスキャナーなどでデジタル化し、アーカイブしている美術館・博物館が多いが、Uffizi Galleryと同様な手法で48bit、TIFF形式、 最大12,600×10,500pixelの画像サイズによる大量のデジタル化を行っているところは決して多くはないだろう。画像の拡大・縮小アプリケーションにはチェントリカ社の「XL-Image」が使用されているようであった。確認はしていないが電子透かしも導入していると思われる。撮影機材名などはデジタルアーカイブデータとして最後に示した。 そして、もう一つの特徴である色管理については、凸版印刷で開発されたカラーマネジメント技術が導入されている。撮影時に色調整ガイドとして、Kodakのカラーチャート、Gretag Macbethカラーチェッカーとデジタルカラーチャートをすべての作品に入れている。はじめにイタリアのUffizi Galleryと日本の凸版印刷に設置した顔料インキ使用の高精細カラープリンターの色を合わせることによって、以降はデータのやり取りだけで凸版印刷においても色の確認、プロファイルの修正が行えるものである。データ化された絵画・彫刻の色はプリンターの出力物によりUffizi Galleryの承認を得てアーカイブ化されていく。このカラーマネジメント技術のメリットは遠隔地でも相互に色確認について検討できるという点が挙げられる。しかし、美術作品においては、完全に色を測色してからデジタルアーカイブするには技術的にもまだ時間がかかる様子である。測色は物体の光学特性を把握した上、目的に適した幾何学条件を選択してから測色器を用いる手順のようだが、事実上3次元の一枚の絵に多くの画材や絵具を使う絵画作品などは、このような物理化学的分析が習慣化していないので開発も遅れると思われる。 Uffizi Galleryではオリジナル作品とモニター上の500%に拡大されたデジタル複製画を現場で見せてもらったが、オリジナルのある空間で2つの画像を比較しながら鑑賞してみると美しい感動があった。これは、おそらく一方の作品だけでは味わうことのできないものであろう。さらに考えてみると、デジタル複製画にも美は宿り、オリジナルとは異質の作品となる可能性がでてくるように思われてならない。モニター表示に適したデジタル複製画のみが新たな作品になれば、それはメディア特性と合致した画像ということで解決されてしまうが、果たしてそれだけなのだろうか。私はオリジナル名画とそのデジタル複製画あるいは情報化された名画に関心があり、現代美術とりわけメディアアート、デジタルアートと呼ばれる分野との美の共通項や全く新たな美に出会いたいと思っている。そのため信頼あるデジタルアーカイブをこの時期に考えておきたい。Uffizi Galleryでの体験はますますその思いを深めることとなった。
■参考文献 [かげやま こういち] |
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