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美のデジタルアーカイブ〈4〉
独自の設計によってデジタルアーカイブの指針を示した「東京国立博物館」 影山幸一 |
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「コンピュータの父」と呼ばれている英国の数学者チャールズ・バベッジは、現代のコンピュータの基本原理を1822年に考案した。その124年後の1946年、ようやく米国ペンシルバニア大学のJ.P.エッカートとJ.W.モークリーが電子計算機「ENIAC」(Electronic Numerical Integrator And Calculator)を誕生させた。一般的にこれが世界で初めてのコンピュータといわれている。そして、国内では奈良県にある大和文華館が1985年10月、開館25周年記念を期に、美術史研究用にコンピュータの活用を先駆的に開始した。美術の専門家がコンピュータを用いて作品画像を取り込んだ最初であろうと予測する。東京国立博物館資料部情報管理研究室長の高見沢明雄氏は、この実験的な試みを享受しながら、現在のデジタルアーカイブに至っている。 約20年の長きにわたり博物館の現場で情報化に取り組んできた高見沢氏は、デジタルアーカイブについて「画像データは写真の延長線上にあり、見た目の世界に留まっている。文化財の記録の保存としては充分とは言えない」としながらも「情報の蓄積それ自体は社会にとっても博物館にとっても大きな資産となる。そして、デジタル技術はまだ未熟な面があるが、文化財の活用手段として大きな可能性を持っている」と、デジタルアーカイブに前向きである。
東京国立博物館は1872年(明治5年)に創立した、わが国最大規模の美術博物館である。日本を中心とした東洋の美術品及び考古資料などの収蔵品約10万件(国宝91件、重要文化財616件〔2002年3月現在〕)と10数万冊の図書、25万枚以上の写真などの関連資料を保管している。本館は東洋風の帝冠様式の代表作とされる、渡辺仁設計案に基づく建築で、1938年(昭和13年)に開館した。その他、表慶館、東洋館、法隆寺宝物館、平成館、資料館で構成されている。主な収蔵品には、長谷川等伯の「松林図屏風」や雪舟等楊の「秋冬山水図」、尾形光琳の「八橋蒔絵螺鈿硯箱」などがある。 画像のデジタル化は1994年(平成6年)から開始していたが、情報システムの基盤として、館内ネットワークとサーバー機器・クライアント機器が導入され、本格的に文化財情報システムの構築が始まったのは、1996年(平成8年)3月である。すべての収蔵品や資料に関する情報を大量かつ一元的に集約して保管し、利便性を高めるように活用するものである。東京国立博物館では、長期的視点に立ったデータ作りの効率を最優先事項とした。そのため寿命の短い特定のハードウェアやソフトウェアに依存してデータを作ることはしていない。汎用性のあるものでシンプルにデジタル化する。また、「デジタル化された情報は再加工に耐える“素材”としてとらえ、特定の用途に合わせて“料理”する工程とは区別する」と考えている。 所蔵品の画像データは主に4×5インチ版の写真カットフィルム(カラー、モノクローム)から、カラーフィルムはRGB3色、モノクロームフィルムは1色で、それぞれ8ビット、256階調の画像を製作し、通し番号による管理を行なっている。デジタル化に際しては、濃度レンジ4.0D以上などの指定はしているが、特にスキャナー機器の指定はしていない。フラットベッドスキャナーまたはドラムスキャナーを用い、シャープネス処理や電子透かしなどの画像処理は画像劣化の恐れもあり使用しないようにしている。2002年6月までに約18万枚の写真のデジタル化を行った。デジタル化仕様は東京国立博物館で設計し、入力作業は競争入札によって外部の業者へ委託している。 一般的なパソコンモニター表示に適するものから商業印刷に耐える解像度まで、活用目的を明確に設定して4段階の画像を作成している点に特徴がある。各、圧縮と非圧縮の別があり、よって1枚の画像に対して8つの画像ファイルができることになる。この独自の仕様設計を企画することが一般には難しいところである。まず、活用目的を立てることが、具体的解像度を導くことになるので、これからデジタルアーカイブを検討する方は、参考にするとよいと思う。仕様の詳細は下記の表に示す。 デジタル画像の活用については、館内ネットワーク用には圧縮画像を用い、インターネットやデジタル画像貸し出し用には非圧縮画像を用いている。東京国立博物館のホームページをはじめ、最近公開となった「e国宝」や文化庁が行う「共通索引(試用版)」にも画像提供を行なっているので、一度アクセスして見て頂きたいと思う。特に、「e国宝」は東京・京都・奈良の国立博物館3館が所蔵する、国宝127件(2001年4月1日現在)の精細な画像を鑑賞できるサイトで、古い文化財を扱うホームページにしては、モダンなデザインで多言語表示もあり、国宝を見る楽しみを与えてくれる。現在のホームページアクセス数は1日約3,500名。メーリングリストによる情報提供サービスも昨年より行なっており、約3,000名の登録者がいる。年中無休、24時間の画像閲覧サービスや検索機能は、コンピュータネットワークであればこその機能であると言う。デジタルアーカイブの活用方法に取ってホームページは、定番となった感がある。さらに2001年からの独立行政法人化と関係があるのか、2002年4月から画像の委託販売を始めている。現在の販売窓口は、大日本印刷(株)が100%出資する関連会社、(株)DNPアーカイブ・コムである。(株)DNPアーカイブ・コムでは、約26,000点のデジタル画像データのライセンス販売とレンタル、約60,000点のポジフィルムを提供している。 今後の課題としては、高見沢氏も語るように写真からのデジタルアーカイブではなく、精度の高い精密な情報獲得を目指し、新たに実物をレンジセンサなどのレーザースキャナーを用いて計測的にデジタルデータ化することであろうと思われる。それは、現在行われている、保存を前提とした利便性優先の大量情報取得から、記録・保存優先のコンテンツの中身に踏み込んだ質のレベルへと移行するもので、これからの文化財や美術品のデジタルアーカイブでは必須となるであろう。しかし、残念ながら文化財、美術品などを大量かつ計測的に直接デジタル化する開発が遅れている。また、今後は画像の取り扱いについて、著作権の問題も解決しなければならないであろう。高見沢氏に伺ったところ、TV局の放送で使用される作品画像の権利取り扱いには曖昧さがあると言う。いちMUSEUMの力ではデジタル化の問題は解決できない。美術館・博物館がこれほど社会と向き合った時代があっただろうか。そう考えると課題は尽きない。 東京国立博物館のデジタルアーカイブは、最新の先端技術導入に重点を置いておらず、普及したデジタル技術を用いているので、一見特徴がないように思えるが、館の情報管理状態や所蔵品形態、あるいは予算や人などの実状を考慮しつつコンピュータの本質を捉えた選択判断であり、永続性を備えた最先端の取り組みの一例であるといえる。世の中の風潮が自立・分散化にある現状では、一企業に依存することやデータ構造の標準化などにあまり頼らず、各自の創意工夫した取り組みが必要とされる。例えば、予算不足の館はパソコンとフラットベッドスキャナーを購入し、自前でポジフィルムをデジタル化すればよいのではないだろうか。デジタル化を拒否しても、所蔵品の劣化は押さえきれないはずである。もちろんデジタル化が万全ではない。しかし、将来を考えると所蔵品保管の一助に限らず、活用範囲は増えていくと思われる。東京国立博物館に学ぶべきは、システムのスペックや構成ではなく、足元を見据えて先を読む、その深く考える姿勢にあるように思える。
■参考文献 [かげやま こういち] |
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