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美のデジタルアーカイブ〈7〉
見えない現代美術デジタル画像、世界発信への公開を待つ 「愛知県美術館」 影山幸一 |
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1995年から全米医学ライブラリーで公開されている人体「ビジブル・ヒューマン 」は、永続的に使われる人体の解剖構造データベースである。そのための献体は健康な人体が選ばれた。薬物注射の死刑による、死後8時間後に凍結した38歳の男性遺体を、足元から1ミリ毎に横断面をデジタルカメラで撮影し、その後コンピュータで3次元の形に復元している。このデータを効果的に使う教育ツールやアプリケーションの開発などが公開を機に進められてきているようだが、倫理的な問題に配慮できれば、医学に限らず幅広く応用したいデジタルアーカイブである。美術の分野でこのデータの活用を考えると、人体モデル、インタラクティブアートやシミュレーションアートの素材とする試みなどが思いつく。また、ビジブル・ヒューマン製作の手法を美術に適用してみれば、オリジナルの名画作品を計測的かつ高精細のデジタル画像やX線などの科学的撮影による関連画像を多数取り込んで画像データベースを構築し、広く公開することで新たなソフト開発やイメージの誘発などにもつながっていくことになるのかもしれない。この一見ショッキングなビジブル・ヒューマンの公開で思うことは、データを保存するため、あるいはデジタルアーカイブを継続させるためには、デジタル媒体のデータ複写と共にインターネット公開をするという行為が有効であろうということだ。閲覧者がデータをダウンロードして確保したり、思いもよらぬ発展的な教示を閲覧者が与えてくれることもあるだろう。デジタルの特質でもある、コピーによるデータ保持のひとつの方法として、インターネット公開があることは、意外に知られていないのではないだろうか。
JR名古屋駅から地下鉄東山線で2つ目の駅、栄に愛知県美術館はある。テレビ塔が立つ名古屋の中心街、その一角のオアシス21 という10月11日にオープンしたばかりの新しい公園に隣接して、愛知芸術文化センターがあり、美術館はそこの10階に位置する。明治時代以降の日本美術(高橋由一「不忍池」など)と20世紀初めから現代までの特徴的な美術動向を示す欧米作品(Jim Dine「芝刈機」など)、合計3,288点(2001年3月現在)を収集し、展示替えを行いながら、年間6回ほどの企画展と併せて所蔵品を公開している(所蔵品展示室1,400m2、企画展示室1,480m2)。1992年10月に旧文化会館美術館のあとを継いで開館、年間20万人ほどの観覧者動員がある。2002年の今年は開館10周年にあたり、特別企画「ミロ展1918−1945」が華やかに記念開催されて、多くの人が来館している。館長含め23名の職員が、美術作品の収集・保存・展示・調査研究を通して、地域の人に美術を身近に親しんでもらえるよう、工夫を凝らしているのが伝わってくる美術館である。例えば、入口を入ったところのインフォメーションでは、2人の女性係員が親切に館内を案内している。展示室は快適に作品鑑賞ができる空間が保たれ、車椅子も自由に往来できる。また、所蔵品展示室にはフリーのカード形作品解説書が置かれている。その他、カタログの発行、小学生用ワークシートの作成、講演会、移動美術展、オーディオガイド、ギャラリートーク、学校との連携鑑賞会、博物館実習生の受け入れ、友の会、ビデオテーク鑑賞教育など、多くのプログラムが考えられ実施されているのである。地域に根ざした貢献度の高い県立美術館のデジタル化状況を取材した。 私がこの美術館を訪れようと決めたのは、1999年11月12日である。アート・ドキュメンテーション研究会 が国立西洋美術館講堂で行った「第2回アート・ドキュメンテーション研究フォーラム 美術情報の明日を考える」の講演を聴いたときである。「ミュージアム・ドキュメンテーション」というセッションで「データ、カテゴリー、リレーションシップ―美術館での経験から―」のプレゼンテーションがあった。それは、愛知県美術館の学芸員、鯨井秀伸氏の発表であり経験からでる具体例は、美術館学芸員の用語ではなく工学系研究員と思えるほどエンコード、MIC、ASCIIファイル、SGMLなど、私にとっては新鮮な単語が続出していた。さらに、ICONCLASSの利用や図書館情報学を参考にして、新たに美術情報インデックス(美術史の知識)とコレクション・インデックス(収蔵品管理)を統合的にシステム構築しようと試行を重ねている話に、未来が開けていくような印象をもった。文系と理系を横断したその先駆的な仕事に私はひそかに関心を寄せていた。 愛知県美術館では、所蔵品のデジタル画像を先のビジブル・ヒューマン公開のようには、まだ広く公開できてはいない。しかし、館内のビデオテークには美術鑑賞解説用の54インチハイビジョンと美術情報検索用の32インチハイビジョンが設置、運用され、美術と人をつなげて行こうとする職員の熱意からは、予算と著作権問題さえ整備されれば、近・現代の所蔵作品をデジタル画像によって、より身近に確認、鑑賞できるように公開していくことは明らかである。それは、学芸員が国際的なMUSEUM動向やデジタル技術動向を調査研究し、デジタルアーカイバーなる専門的な知識や技術を修得して、社会に役立つ美術情報を公開・発信するために準備をしていることによる。 愛知県美術館の作品のデジタル化については、作品を撮影した既にあるポジフィルムや紙焼きを外部の業者に発注しデジタル化を行っている。それらのフィルムは4×5や6×6、また紙焼きなどと一律でないため、「デジタル画像にもばらつきがある」と主任学芸員の鯨井氏は話す。美術館の周辺にデジタル化作業のできる会社がごく限られ、さらに予算の問題もあって、保存媒体はプロフォトCDとなった。現在まで所蔵品3,288点に対し、約3,000点のデジタル化を終えた。また、ホームぺージは1997年から始め、その中で作品画像は著作権に関与していない100点ほどを公開している。デジタル画像の貸出しも行っているが、著作権に触れない作品のみを事前登録者の信頼ある者に対して、1MB以下で電子透かしを入れずに貸出ししている。著作権者へのデジタル画像使用承認作業はこらから行う予定である。 現在の画像デジタル化の課題を鯨井氏は次のように挙げる。「画像の生データと見栄とを比較すると、wwwでの利用を考えれば見栄を選択せざるをえない。本当なら、利用者に生データを提示し、利用者が編集するのがデータに対し、また利用者に対し忠実だと思う。現状では利用者にそれが理解されない」また「デジタル・チェーンが維持できないことが多い」とデジタル技術の未完成とデジタル環境の未整備を指摘した。さらに「画像データのメタデータを準備したい」とデジタル画像の活用には前向きであるのに対し、仕事を進められないというもどかしさを感じているようであった。この背後には博物館情報標準化の問題があると思われるが、これも著作権と同様に一美術館では解決できない問題である。人体が細部にわたり視覚化され公開されていく中、少なくとも公共財である美術作品は利権から離れ、日常的に目に見えるようになってほしい。美術作品は本来ビジブルな存在なのだから。
■参考文献 鯨井秀伸「インデックスについて」『愛知県美術館研究紀要』No.5, 1999.3, p.33-52. 愛知県美術館 鯨井秀伸「データ、カテゴリー、リレーションシップ―美術館での経験から―」『第2回アート・ドキュメンテーション研究フォーラム 美術情報の明日を考える 報告書』2000.3, p.45-53. アート・ドキュメンテーション研究会 鯨井秀伸「オブジェクト・ドキュメンテーションにおけるデータ・リレーションシップおよびコンテキストにおけるカテゴリーについて」『アート・アーカイヴズ/ドキュメンテーション―アート資料の宇宙(ブックレット07)』2001.3, p.54-72.慶應義塾大学アート・センター 「愛知県美術館年報 2000年度版」2002.3. 愛知県美術館 瀧口範子「電脳空間に生き続ける人体」朝日新聞(夕刊)2002.7.12. 朝日新聞社 [かげやま こういち] |
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