|
美のデジタルアーカイブ〈6〉
清方の夢を超えて「東京国立近代美術館」 影山幸一 |
|||||||||||||||||||||||||||
|
最近、美術館付設の図書室が増えてきている。東京国立近代美術館(本館・工芸館・フィルムセンターから構成される)のアートライブラリも国立西洋美術館の研究資料センターと同様2002年3月に美術図書室の公開を始めた。日本画家で美人画を得意としていたあの鏑木清方(1878〜1972)が昭和6年(1931)に美術時評で、近代美術館と共に、美術図書館の必要性を述べている。その近代美術館附属の美術図書館が、今完成されつつあるのだ。ただ、清方といえどもコンピュータによるデータベース検索ができ、あるいはデジタル画像が図書室で見られるとは想像もしていなかったはずである。清方の夢の域を超えて美術館が個性的に機能を持ちはじめた。実物の作品鑑賞のほかに画集やデータに触れることは、美術に縁遠い者にとってさえも、美術への新たな入口が開かれていく。以下は、アートライブラリ開設に伴い、東京国立近代美術館本館が現在も継続して構築を進める、デジタルアーカイブ事業の一端である。
1952年設立の東京国立近代美術館は、100年程前からの近・現代の美術作品を日本及び海外から収集し、日本初の国立美術館として東京・京橋に誕生した。2002年の今年、開館50周年を迎えている。絵画、水彩、素描、版画、写真、彫刻、工芸、フィルムと収蔵品のジャンルは幅広い。昨年9月には2年余りかけた本館のリニューアルを終え、本年1月16日からの「未完の世紀」リニューアル・オープン展(1月16日〜3月20日)開催とともに、新設したアートライブラリが開室された。300m2弱のスペースに6万冊余の書籍とカタログ、1,000誌を超える美術雑誌や全国の美術館館報、ニュースなどが閉架され、8つの閲覧席と2つのキャレル、及びパソコン検索端末機を3台設置している。入館料を払わず外から直接入室できるのはありがたい。が、開室日が火曜日から金曜日なので、週末に利用できないのが惜しい。ほかにも館内には、2階に所蔵作品を鑑賞できる40インチプラズマディスプレーを1台据えた、開放型のビデオルームがあり、3階の情報コーナーでは、4台のパソコン検索端末機から、所蔵作品の情報を自由に見ることができる。現在はまだインターネットで所蔵作品の画像が見られないのは残念だが、全館を通してみればリニューアルは成功といえるのではないだろうか。皇居に臨む洒落た美術館レストランとして評判を呼んでいるクイーン・アリスH2O(アクア)と、美術書籍やアートグッズを販売するミュージアムショップも併設して、「小倉遊亀展(8月20日〜10月6日)」は賑わいを見せていた。 美術館のデジタルアーカイブといえば、作品画像のデジタル化をイメージするが、文献資料を保有している当館にとっては図書やマイクロフィッシュ(数十から数百コマのマイクロ画像を格子状に配列したシート状のフィルム)、展覧会記録の写真やビデオテープもデジタル化の重要な対象となる。本館リニューアルとデジタル化の普及によって改めて資料を調べたり、作品保存の本来のあり方を再検討するなど、アーカイブについては思考を重ねてきたことであろう。今回は作品画像のデジタル化を中心に取り上げるが、データベースではすべての資料が公表され、テキストと画像が共に関連しながら運用されることを期待したい。 作品画像のデジタル化作業は平成7年度(1995)から(株)廣済堂に委託し、およそ8,000点の所蔵作品数の内、現在6,500点ほどを既存のポジフィルムなどからデジタル化。デジタル化に際しては、美術館側から業者へ、スキャナー機器の指定などはしていない、と資料のデジタル化推進やアートライブラリを管理する部署である企画・資料課主任研究官の水谷長志氏は言う。 保存形式はTIFF形式、解像度は印刷に用いることを想定して、500dpiに設定。情報検索サーバーには、作品画像を圧縮したJPEG形式を入れてある。アナログ原本(カラーポジフィルムなど)をデジタル変換する時の、色の再現性を判断する色認識者は特に決めておらず、作品の3次元計測や物理化学的技術による調査も取り入れてはいない。業者からの納品媒体はCD-Rであるが、ハードディスクへの移行とDVDのバックアップを現在検討中である。また、デジタルアーカイブの活用は、一般の方が館内情報サービスの端末機を操作して画像を拡大しながら参照できるようにしたほか、職員が作品貸し出しでスケジュールを確認する場合など、画像も確認して誤りのないよう業務に生かしている。水谷氏に課題を伺ったところ、本館リニューアルなどで遅れていたデジタル化作業を取り戻すと同時に、数あるモノクロポジフィルムを新規に撮影してカラーポジフィルムに変えていくなど、デジタル化を機に色情報が豊かになるよう今後整備を進めていきたいと語った。 また、デジタル化を進めるにあたり、著作権*を有している作家等を探し出し、交渉するといった新たな仕事を前進させている。今年の3月から文書郵送による、著作権許諾を著作権保有者に依頼しているが、比較的順調に進み残りはあと1,500点ほどとなってきた。我が国初の国立美術館にとっても初めての作業であるが、作家やその家族・親族にとっても著作権許諾の書類を受け取った時には戸惑いがあるようだ。これはどういう意味なのか、という漠然とした疑問や何にどのように使用されるのか、といった具体的な疑問まで当事者はさまざまの反応であったらしいが、日頃培った伝統による信頼感であろう、大きな問題は今のところ出ていない、とのことである。 近代美術館に代表されるように著作権が影響する同時代美術作品を所蔵する美術館にとっては、悩ましい時代であろう。もともと著作権自体が美術作品を想定して作られたものではないうえに、デジタル社会は人類が初めて経験する世界であるから、各館にジャストフィットした回答が得られにくい。また、職員が独自に学習しようと思っていても、日常の業務を行いながらでは、専門性の高い法律の領域であるだけに不安は募る。おそらく著作権問題で困っている学芸員や美術関係者は多いのではないだろうか。私が、ここ2、3年の美術と著作権の関係動向を見ていて思うことは、「完成された解決策はまだない」ということ。では、そのうえで何をすべきかを考えると、当然のことではあるが、 (1)当事者間の信頼を築く (2)お互い必要な事項を明文化して両者署名のうえ各自が同じ書類を所有する 即、第三者を介した権利処理の行動がとれない場合などには、有効な手続きの方法だと思う。著作権処理が問題となって、デジタル化が進展していない美術館などにとっては、近代美術館のような具体的な成功事例の公開が大きな助けとなるであろう。 昭和初期に「美術図書室を併設して、美術の知識を社会人が容易に得られる方法を講じたい」と説いた清方はデジタルの出現をどう見るのであろうか。 *著作権(我が国では作家没後50年有効)とは、知的所有権のひとつであり、著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)と著作権[財産権](複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権・伝達権、口述権、展示権、頒布権、譲渡権、貸与権、翻訳権・翻案権、二次的著作物の利用権)の二つからできている。美術ではこのうち、「作品の内容とタイトルを作家の意に反して勝手に改変されない権利である、同一性保持権。印刷、写真、複写、録画などの方法で作品を有形的に再製する権利である、複製権。作品をサーバーなどに蓄積して公衆からのアクセスにより自動的に送信・放送したり、その公衆送信された作品を公に伝達する権利である、公衆送信権・伝達権。作品を公に展示する権利である、展示権。作品または複製物を公衆へ譲渡する権利である、譲渡権。作品または複製物を公衆へ貸与する権利である、貸与権。作品の二次的著作物を利用することについて、二次的著作物の著作権者がもつものと同じ権利である、二次的著作物の利用権」が関与してくると思われる。これらの権利に、モノとしての作品を支配する権利である所有権が関わってくる。所有権をもつ所有者は、所有物である作品を自由に使用・収益・処分できる権利をもつ。しかし、問題が発生する原因の一つは、所有者が自由に使用できるとしながらも、著作物である作品には上記の著作権が既に存在しており、自由にならない点である。所有者が作品と一緒に著作権を購入すれば問題にはならないが現実的な話ではない。
参考までに、美術と著作権に関係している機関のURLを記しておく。 ●全国美術館会議情報処理ワーキング・グループ(IWG) ●(社)著作権情報センター(CRIC) ●デジタルアーカイブ推進協議会(JDAA) ●(社)日本美術家連盟 ●日本美術著作権機構(APG-Japan) ●文化庁 ■参考文献 水谷長志、井出洋一郎、岡崎乾二郎、伊藤真「アート・ドキュメンテーション研究会 第28回研究会報告 美術館の画像提供:その今日的課題を考える」『アート・ドキュメンテーション研究』No.7, 1999.9, p.46-63. アート・ドキュメンテーション研究会 『デジタルアーカイブ 権利問題と契約文例』2001.3. デジタルアーカイブ推進協議会 水谷長志「矢代幸雄の美術図書プラン」『図書館情報学の創造的再構築』2001.7, p.251-261. 勉誠出版 『はじめての著作権講座 著作権って何?』2002.4.(社)著作権情報センター [かげやま こういち] |
||||||||||||||||||||||||||
|
|||
|
|||
|