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美のデジタルアーカイブ〈8〉
3億5,000万画素の平安美を未来に伝える「平等院」 影山幸一 |
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京都府宇治市にある宗教法人平等院は、永承7年(1052)に、関白・藤原頼通によって、父の別荘を改め、現世の極楽浄土を具現化した単立寺院として創建された。10円硬貨の図案に平等院鳳凰堂が昭和26年に選ばれ、親しみを持つ人も多いだろう。JR京都駅からJR奈良線に乗って、歴史が香る駅名を過ぎ30分ほど、宇治川が流れる源氏物語の舞台でもある地に、穏やかなゆったりとした表情で平等院はあった。平等院の平等とは、「人間は一人一人異なったものであるが、救済は平等になされるという意味があり、それは光と水によって象徴される」と神居文彰(かみいもんしょう)住職は言う。本尊のある鳳凰堂は東向きの左右対称形で、俯瞰してみれば、東から昇る朝日に向かって鳥が飛んでいるように見える。夕陽は鳳凰堂の真後ろに沈み、天気がよい日にはあたかも鳳凰堂がオレンジ色に発光しているかのように見えるにちがいない。境内にある建築物には、鳳凰堂のほか、2001年3月に開館した総合博物館、別名テンプルミュージアムの鳳翔館ほか、浄土院・大書院・養林庵書院、羅漢堂、不動堂・最勝院、観音堂、六角堂、鐘楼がある。また、借景庭園として史跡名勝庭園に指定された庭園が、四季折々の草花の移ろいを見せてくれる。1994年には世界遺産に登録され、年間来院者数は約80万人にのぼる。
平等院のデジタルアーカイブの対象は、柔和な表情の中にも気品を漂わせる本尊、名仏師定朝作・阿弥陀如来坐像(国宝、木造・漆箔、像高283.9cm)、本尊を空中で囲うように展示され、精巧な技術で優美に彫られた雲中供養菩薩像52躯(国宝、内1躯が未指定、木造・彩色、像高40〜87cm程度)、鳳凰堂屋根に立つ生き生きと写実的な鳳凰一対(国宝、銅造・鍍金、像高103cm)、形や装飾が美しいことで天下の三名鐘(三井寺、神護寺)といわれる梵鐘(国宝、銅造、総高199cm)等、平安時代の名作である。寛平6年(894)、遣唐使が廃止され、日本が独自の文化の発展を遂げた、いわゆる和様の芸術が開花し完成を極めた頃の作品群である。
古い寺社が最新の事業に取組む例は近年増えているが、国宝は国家事業として、すべてをデジタルアーカイブしてもらいたいものである。平等院の神居住職はデジタルアーカイブにかける熱意がある。早期からデジタルが繰り返し使用できることやデータの永続性を理解されていたうえ、開発メーカーや関連シンポジウムなどに積極的に赴き学ばれたようである。学校教育や社会福祉を視野に入れた社会貢献も考えていると言う。宗教という枠に捕われない発想で、デジタルアーカイブ事業の成果を生かした参加体験型ミュージアムを、領域を広げながら作り上げている。社寺は本来、西洋のMUSEUMの役割を担っている。資料の所有者は時代の動向に注意を払い資料に適した保存と活用など、時々の判断が求められてくる。デジタルはまだ媒体としては不確定な面があり、質感・立体感表現も乏しいが、目に見えない細部まで鮮明に表示できることや何度も実験ができるほか、データ自体は劣化しないとされるもので、資料情報の永続性が備わり可能性が広がるものである。仏像など経年変化によるものの美しさと、ものが作られた当時を再現した美しさは嗜好の問題であろう。文化財の保護・保管と文化財を共有財として考えた場合の公開、この相反することを活用支援する有効な一手段であるデジタルアーカイブを用いて、平等院は現物と、デジタル情報を両立させているのである。 寺社の中には信仰対象でもある秘仏など、資料を科学的に保護するためとはいえ、画像をデジタル化して保存・公開することに反対する向きもある。しかし、資料の劣化は防げない。鑑賞者の立場になれば良質な資料画像を見たい。デジタル環境が整いつつある現在、大きな負担をかけずにデジタル化する方法も考えられる。資料の所有者は資料のデジタル化を是非検討してもらいたい。平等院は平安時代から伝わる資料を修復・復元し、さらに最新の科学技術を導入したデジタルアーカイブを実施してきたが、今後も終わることなく保存活動は継続され、補修の歴史は続く。「極楽いぶかしくば、宇治の御寺を敬へ」平安時代の童歌。命の先を信じることができなくなったら、宇治の平等院に行って拝しなさい。そうすればもう一度命の先を信じ直すことができる、といった意味という。平安の大胆かつ繊細な日本人の美意識が集約されている宇治、新旧、大小、自然と人工、アナログとデジタルと対極が調和する世界、そこに現在も豊かな美の空間を生み出している平等院がある。
■参考文献 『日本美術全集 第7巻 浄土教の美術 平等院鳳凰堂』1999.6,学習研究社 神居文彰『平等院物語』2001.5, 四季社 坂口修一「平等院とデジタルアーカイブ」『デジタルアーカイブ』No.18, p.4-p.8, 2001, デジタルアーカイブ推進協議会 『平等院 鳳翔館』2002.4, 平等院 神居文彰「テンプルミュージアムということ」『MuseumData』No.57, p.2-p.7, 2002.6, (株)丹青研究所 [かげやま こういち] |
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