|
研究アーカイヴはアートであると語る
「前田富士男」 影山幸一 |
|||||||||||||||||
|
東京・港区三田にある慶應義塾大学アート・センター(以下、アート・センター)は芸術を研究する機関であるが、美術や音楽、文学、演劇などの芸術分野を個別に研究する場ではない。ラボ、アーカイヴ、シンク・タンクの機能を兼ね備えた一種のリサーチ・センターであり、実社会での活動を視野に入れた領域横断的研究の場である。アート・センターでは、ある特定の主題に関するドキュメント(一次資料)を収集・保存・管理する機関を「アーカイヴ」としているが、さらに一歩踏み込んだ、研究文献(二次資料)の収集・蓄積と研究情報の検索の具体化に重点を置いたものを「研究アーカイヴ」としている。また、アート・センターでは対象が芸術であることから、アート・アーカイヴとも呼んでいる。「研究アーカイヴ」は、1996年から5年計画ですすめられてきた文部省(現 文部科学省)の科学研究費補助金による「ジェネティック(生成論)・アーカイヴ・エンジン」というプロジェクト活動を発端とした、研究のためのデジタルアーカイブを構築するものである。アーティストの作品のほかドローイング、日記、原稿、所持していた書籍、メモなど、複製を含めたアーティストに関連する二次資料まで、広範囲に資料を収集・保存し研究を行っている。 アート・センターは、研究者のみに開かれているのではなく、研究意欲がある人は事前の申請を済ませれば誰でも利用(参加)ができる。アーカイヴ施設の利用方法、マナーなども学んでほしいとしている。1996年度から現在まで「土方巽アーカイヴ」「瀧口修造アーカイヴ」「ノグチ・ルーム・アーカイヴ」「油井正一アーカイヴ」と続き、舞踏、評論、建築、音楽とアーカイヴ対象分野が徐々に増えてきており、戦後日本の芸術界の様相が浮かんでくる。これらのアーカイヴ資料は収集されるたびにデジタル化、保存され、アート・センター内で調査研究用に活用されている。
デジタルアーカイブは普通運用時にインターネットを利活用するが、アート・センターではイメージや文献資料などはセンター内に設置したスタンドアロンの情報検索機のみの公開という態勢をとっている。これが権威主義になってはならないと、前田氏は言う。著作権の問題もあるが、実際にアート・センターへ足を運んで体験してもらいたいという思いがある。意思をもった非公開や、意思をもった部分公開、時間差公開、全公開などの各公開レベルがあることはデジタルアーカイブの多様性を広げるであろう。しかし、公共性の高い機関においては、最低限所蔵している資料目録は全公開する義務がある。一方、デジタルアーカイブは情報の保存機能も有しているので、次世代に引継ぐ情報の品質管理にも配慮しておきたい。アート・センターでは実物資料の保存に重きを置いているが、二人以上の研究者が資料情報を監修することで、情報の信頼性獲得に努めている。 また、インターネット利用者、とりわけ世界中の研究者や愛好家からすればインターネットでの情報一部公開では不服だろう。発信型を基本理念とするアート・センターとしても課題を残す点ではないか。インターネットで公開できない、あるいは公開しない原因が複雑にありそうだ。資料と情報を誰のためにどのように分類し、発信するのか、メディアに応じた議論が整理されていないとも取れるが、それこそが研究であり目的と考えれば結果を出すことが目的ではなくなる。しかし、事情により動けない人もいる。アート・センターの「土方巽アーカイヴ」ホームページには将来資料を公開する旨が明記されているので、全情報公開を期待したい。このような技術と表現に関する件について、私は性急な結論を出すよりも技術革新が速い分野であることから、社会動向を見ながら目標を設定するのが賢明ではないかと思っている。研究アーカイヴとしては実験も必要であろう。グローバルな標準的分類法に従ってインターネットで情報公開すれば、利用者(鑑賞者)が資料にアクセスしやすくなるというのも一案ではあるが、ことアートの研究となればコンテンツ同士の関連性やコンテンツの信頼性に配慮する必要があり、CIDOC CRMなどや著作権の動向をみてからでも遅くはないし、そもそもひとつの結論を出すものではないのかも知れない。ネット上の言語が一語でないように、しかし英語が基本語であることを参照して、パブリックとプライベートの表示を検討することは有効である。あるいは、データベースのあり方が多様性をもってきた今日、また対象者が一様でないことが想定される場合は、コンテンツの表現に時間的・空間的・内容的レベルを対象者に合わせて表示を作る必要性があるだろう。電子空間はそれらの表現を可能とするはずである。 例えば、インターネットのホームページでは一般用として日本十進分類法(総記、哲学、歴史、社会科学、自然科学、工学、産業、芸術、言語、文学)を採用するかCIDOC CRMに対応させるか、や記述方法などは論議が必要だが、物理的に検索しやすく、分かりやすくすることに主眼を置く。その上で、研究者用の別の入口を設けてID入力によるセキュリティ管理を導入し、サイトマップ・文字検索機能・関連コンテンツ間のリンクが独自の分類でなされていれば勝手がよいと思う。また利用者の声をメールで収集し、研究アーカイヴに反映する。研究アーカイヴであればこその楽しみと理解の手順を備えてほしい。
研究アーカイヴはアートであると語った前田氏。資料の収集やデータの分類を主観的に行う意味から名付けたということは先にも述べたが、実は研究アーカイヴを体験する行為自体が知的冒険を誘発させて、新たなイメージが湧いてくるシステム全体に対し、アートという言葉を選択したのではないだろうか。インターネットでデータを享受するだけでは身体の記憶は浅い。だが、研究アーカイヴの場を利用して環境を得れば五感が研究対象に積極的に働き、身体の記憶は深まる。そして、感性的空間の中で研究が進められ創造は感動に変わってゆくのだろう。研究アーカイヴとは、前田氏が工学と美学を学び、35年以上研究をしてきた体験から到達した、美の表現である。 ■まえだ ふじお 略歴 慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻教授。1944年生まれ。慶應義塾大学工学部管理工学科卒、同大文学研究科美学美術史学博士課程入学・退学。神奈川県立鎌倉近代美術館学芸課、ボン大学美術史研究所、北里大学教養部を経て、現職。20世紀初頭の美術における造形理論、色彩論、制度論と18・19世紀におけるゲーテ色彩論やイメージ理論など近現代における「芸術家による美学」のありようを追いつつ、作品に即した形態学的解釈の方位と可能性を探っている。編著書に『表現主義と社会派』(「世界大美術全集」第26巻、1995、小学館)『パウル・クレー』(「朝日美術館」1995、朝日新聞社)『伝統と象徴―美術史のマトリックス―』(2003、沖積舎)など。 ■参考文献 『慶應義塾大学アート・センター年報(2002/2003)第10号』2003.4. 慶應義塾大学アート・センター 『慶應義塾大学アート・センター/ブックレット06 ジェネティック・アーカイヴ・エンジン―デジタルの森で踊る土方巽』2000.3. 慶應義塾大学アート・センター 『JADS 10周年記念 第2回アート・ドキュメンテーション研究フォーラム 美術情報の明日を考える』国立西洋美術館講堂,配布資料,1999.11. アート・ドキュメンテーション研究会 [かげやま こういち] |
||||||||||||||||
|
|||
|
|||
|