今世紀最大の美術批評家、クレメント・グリンバーグの主著にして、生前著者が自らの手で世に問うた唯一の著書。原書の刊行は1961年。39年から61年の間に書かれたテクストが採取されており、セザンヌ、ルノアール、ピカソなどを論じた前半のパリ編から、D・スミスや30年代のニューヨーク絵画などを論じた後半の合衆国編への移行は、第2次大戦を分岐点として現代美術の覇権がパリからニューヨークへ移行したとするフォーマリズム批評の立場に即応しており、またエリオット論やカフカ論など、若干の文学論も組み込まれた構成となっている。50年の時点ですでに転向していたグリンバーグだが、同書の冒頭にはマルキスト時代に書かれた代表的論文「アヴァンギャルドとキッチュ」が所収されており、政治的心情と芸術に対する評価とをあくまでも区分するその姿勢は徹底している。88年に同書の仏訳が刊行されたのは、修正主義的史観に基づき現代美術の覇権奪回を目論むフランス陣営にとっても、同書の理解が不可避の試金石という認識の結果と言えよう。なお、86年にはシカゴ大学出版局より全4巻の著作集が刊行され(勁草書房より近刊予定)、
同書に収録されていない多くの論考がまとめられた結果、グリンバーグ批評の全体像が窺い知れるようになった。同書の邦訳は長らく絶版であり、新たな研究成果を盛り込んだ新訳の出版が期待される。
(暮沢剛巳)
●C・グリンバーグ『芸術と文化』(邦訳=瀬木慎一訳、紀伊國屋書店、1965)
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