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美術にみる日本の生活(くらし)展
木戸英行[CCGA現代グラフィックアートセンター]
 
福島/木戸英行
東京/南 雄介
岡山/柳沢秀行

   
 
宮城県美術館が館蔵品を使ったちょっと面白い企画展を開催した。コレクションから庶民の日常生活を題材にした絵画、版画、写真などを取り上げ、明治期以降の日本社会の民族図譜として構成する試みだ。作品は、「農村のくらし」「漁村・水辺のくらし」「家族」「女の生活」……など、14の観点から分類されたコーナーにまとめられている。この分類はコレクションの実態に即した便宜的なものに過ぎない。しかし、よくぞここまで選び出したと感心するくらいふんだんな出品点数もあって、東北地方のと限定すれば、民族学的にも貴重な資料展示になったのではないだろうか。
 とはいえ、そこは美術館の企画展らしく、民族学的な興味だけでなく作家や作品に対する視点もなおざりにはしていない。そのことは、ギャラリー入口の「序・生活をみつめる表現者たちの眼」という解説パネルにも謳われている。パネルは、展覧会の導入部として置かれた、海老原喜之助と佐藤忠良が奇しくも同じ題材を扱った作品について触れ、作家の眼を通した市井の生活のさまざまな姿に注目して欲しいと呼びかけている。たしかに、そうした視点で鑑賞すると、似たような題材をとりながら作家によってその表現は多様だ。最初からルポルタージュを目的に描かれたドローイング的な作品があるかと思えば、重厚な大作絵画もある。民芸調の木版画と明治末期の創作版画運動の同人誌「方寸」から選ばれた石井柏亭や山本鼎らのリトグラフの対比もできる。
 面白いのは、そうした異なる作品同士が併置されることで、自ずとそれぞれの絵画世界を補完しあうことだ。たとえば、「都会のくらしとさまざまな仕事」というコーナーに展示された、宮城県美術館の代表的なコレクションの一つである佐藤哲三の油彩画「赤帽平山氏」(1929-30)。その一点だけを見れば、ゴッホの有名な「ガシェ博士」像あたりを思い出しながら、人物描写や色彩対比の見事さのみに気を取られるところだろうが、周囲に展示された明治期から戦前にかけての同種の題材の作品群と並べてみることで、絵画には描かれていない室内の様子、駅の雑踏の音や匂いまで想像が広がっていく。
 ところで、展覧会には一種の狂言回しとして、今純三(1893-1944)という作家の銅版画集「青森県画譜」(1933)と、和田三造(1883-1967)の木版画「昭和職業絵尽」(1939-1941)が展示されていたが、とりわけ前者の「青森県画譜」は出品作品の中で効果的なアクセントになっていた。
 この作品は、作家が青森県内を歩きまわって取材した、日常生活のほとんどどうでもいいような瑣末な事物の考現学的記録集だ。類似した仕事ですぐに思い浮かぶのは宮武外骨だが、こちらも負けてはいない。田畑の案内子を姿をこれでもかと言うくらい採集した「案内子一百図」、青森駅前の乗物の様子を定点観測した「風俗図乗物いろいろ」など、あまりの馬鹿馬鹿しさに思わずほくそ笑んでしまう。版画と一緒に展示された作者による解説文も秀逸で、これを読んでいたために展覧会を見終わるまでとてつもなく時間がかかってしまった。
 というわけで、地味なわりには意外に楽しめる企画だった。「収蔵庫に眠ったままで日の目をみない作品の救済策?」などと陰口も聞こえてきそうだが、たとえそうだったとしても、美術館の雑多な館蔵品も見せ方次第でとても生き生きしたものになることが理解できただけでも価値があった。もっとも、これも宮城県美術館ほどのコレクション規模があって初めて可能になるのかもしれないけど。

会期と内容
出品作家:海老原喜之助、佐藤忠良、今純三、和田三造、木村伊兵衛、薗部澄、内藤正敏、北井一夫、山本鼎、石井柏亭、エミール・オルリク、他
会期:2002年1月19日(土)〜3月24日(日)9:30〜17:00(入館は16:30まで) 月曜休館
会場:宮城県美術館 宮城県仙台市青葉区川内元支倉34-1 tel. 022-221-2111
URL http://www.pref.miyagi.jp/syougaku/Art.htm
入場料:一般600円/大高生300円/中小生200円
主催:宮城県美術館
問い合わせ先:tel. 022-221-2111


学芸員レポート

 一昨年の2000年5月に全国美術館会議(公立私立を問わず全国の美術館で組織された任意団体)において、同会の博物館法検討委員会による「美術館基準(案)」なるものが提出された。簡単に言えば、美術館が自分たちの存在の社会的意義と責任を自ら明文化し、社会に問うことで、設置者である行政や企業、利用者である市民、そして美術館自身の間で、美術館とは何か、美術館はどうあるべきか、というコンセンサスを得ようという目的で作ったものだ。そこには、美術館の普遍的な理念に始まり、施設や人員、事業などの分野ごとに美術館が満たすべき最低限の基準が規定されている。もちろん、あくまで「案」であってまだ公表されていない。とにかく、この「美術館基準(案)」を受けて、すでにいくつかの地方ごとに独自の検討が始まっており、わが東北地方でも参加館有志による研究会が今月行われた。
 ところで、「美術館基準(案)」は、とかく設置主体の思惑ひとつで不安定な立場に置かれがちな美術館が、自らの身を守るための盾としたいという動機で企図されたという側面が強い。たとえ将来これが法制化されたとしても、期待どおりに機能するのかきわめて疑わしいし、その種の被害者意識も情けないと言えば情けないが、この動機自体を非難することはできない。この国の美術館が長年にわたって無理解に晒されつづけてきたのは事実だからだ。
 とはいえ、美術館の社会的意義と活動に無理解で、それらを阻害してきたのは、直接的には自治体や企業などの設置主体だったとしても、本質的には、利用者たる大多数の市民が考える美術館像と美術館自身が考える美術館像の乖離にその原因があることを、われわれは肝に命じる必要があるだろう。もちろん、美術館には文化の擁護者・創造者としての使命も確実にあるのだから、市民に迎合するだけではいけないことは明らかだ。しかし、その上で美術館がいかに市民に受け入れられていくべきか、そうするために美術館はどのように変化しなくてはならないか、その答えを得ることがまず先決だろう。「美術館基準(案)」も、それが美術館と市民との美術館にあるべき姿に関する対話のきっかけになるのなら非常に有益だろうと思う。

[きど ひでゆき]



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