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大原美術館 平成14年度秋 有隣荘特別公開「有隣荘・福田美蘭・大原美術館」/
児島虎次郎記念館 開館30周年記念2002年コレクションテーマ展3『Contemporary Works』/
倉敷屏風祭

柳沢秀行[大原美術館]
 
東京/南 雄介
倉敷/柳沢秀行
高松/毛利義嗣

 
秋の倉敷はアートの坩堝でした。
すべて当事者ゆえ、手前味噌で申し訳ないと前置きしつつ、その中から3つの中心的な企画をご紹介。
 
 まず、旧倉敷紡績倉庫を活用した、大原美術館の児島虎次郎記念館が、開館以来ちょうど30周年を迎えるにあたって実施したのが、『2002年 大原美術館コレクションテーマ展3 Contemporary Works』。
 これは大原美術館の所蔵品を、特定のテーマにそって紹介するコレクションテーマ展の拡大バージョンですが、大原美術館で収蔵後初公開となる、ジュン・グエン=ハツシバの『Memorial Project Nha Trang,Vitnam 2001』(横浜トリエンナーレ出品作)をはじめ、中村一美の3点の大作など、1990年代以降に制作された作品群を、煉瓦造りのムード満点の展示室で公開したもの。
 それも無料で。
 天井も高く、L字型に500平方メートルほどのスペースがゆったりと広がる展示場に、いずれも大作とはいえ、たった7点の展示。
 けれど、それゆえに建物のテクスチャーやプロポーションと、作品達とが巧みに共鳴。また天井部にあるガラス窓から柔らかに差し込む自然光が刻々と変化するのに合わせ、空間が実に多彩な表情を見せるのには、展示した本人もびっくり!の美しい空間が現出。
 まだ半分は他人のような立場ゆえの発言とお許しいただきたいが、こんな展示空間が、生み出せるのも、場所も作品も、大原美術館の多彩な豊かさゆえの賜物。
 倉敷、岡山で、こんな空間が見られるなんて! と他人事のように喜んでしまった企画でした。

 こうした20世紀末から21世紀はじめのコンテンポラリーと同居したのが、かつて江戸中期から明治にかけて実施されていた催しを復活させた「倉敷屏風祭」。
 倉敷の町の中心部には、鶴形山という小高い丘陵があるのですが、この鶴形山の裾を巡る東町、本町の家々が、山頂にある阿智神社の秋季大祭にあわせて、通りに面した場に屏風を飾り、行き交う人々をもてなしたというのが屏風祭。
 もともと、企業メセナの先進地の高い自負を持ち、自ら汗を流すことをいとわない、倉敷の地元企業経営者達が、自ら呼びかけて、この催しが復活。それも、アートで町おこしとか、観光振興なぞと一言も口に出さず(思ってもいなかったでしょう)、ほとんどが江戸時代から住んでいる(!)住民達を一軒一軒訪ね、説得して歩く熱意はただただ頭が下がるだけ。
 おかげで、なんと30軒以上の参加をみたうえ、雨にも関わらず2日間で5万人もの人手が繰り出しました。
 これには乗り入れた車両が身動き取れなくなったり、傘置き場がない、トイレがわからないと苦情が出たり等のトラブルもありましたが、すべては、まさかこれほど人が来るとは思っていなかったゆえの想定外の問題ばかり。
 参加した家の一軒では、おばあちゃんがせいぜい50人くらいは来るだろうか?と、正の字を書いて来客を数えていたら、最初の1時間であほらしくなって数えるのをやめてしまったとか。
 伝来の屏風を飾る家々(どうして、こんなに各家に屏風があるのだ!おそるべき倉敷)だけでなく、家業の提灯貼りや生け花教室をライブパフォーマンスとして披露したり、あるいは自身や友人の作品を飾ったりと、復活第1回ながら、各屋それぞれ趣向を凝らしての「おもてなし」が繰り広げられ、お客様も満足の様子。
 しかし何より嬉しいのは、おばあちゃんが、この日を「ハレの日」と意気込んで盛装したり、『お宅は何を飾るン?』とご近所のコミュニケーションが盛んになったり、あるいは門戸を開いた家々で家人と客人がニコヤカに語りあったりする光景が繰り広げられたこと。
 雨の中、自らガイドやら交通整理やらをこなし汗をたくさん流した発起人達も(ほんとうに偉い! 尊敬!)、「楽しかったからやったんじゃ」と町衆の気概を誇らしげに見せた、すばらしい出来事でした。

『2002年 大原美術館コレクションテーマ展3-1 Contemporary Works』展内1 『2002年 大原美術館コレクションテーマ展3-2 Contemporary Works』展内2 「倉敷屏風祭」

左・中
『2002年 大原美術館コレクションテーマ展3 Contemporary Works』展示風景
右「倉敷屏風祭」


 さて、こんな秋の倉敷の盛り上がりの集約点となったのが、大原美術館有隣荘の特別公開として実施された「有隣荘・福田美蘭・大原美術館」。
 有隣荘というのは、企業家で、大原美術館の創設者でもある大原孫三郎が、商用スペース兼用の本宅の隣に、妻子との生活の場として建てた別宅。
 設計は、美術館本館も手がけた薬師寺主計。内外装のデザインを美術館コレクションの礎を築いた画家の児島虎次郎。庭を当時日本随一の庭師とうたわれた小川治兵衛が手がけて、1928(昭和3)年に完成。
 現在は、大原美術館の施設として、平成9年以来、毎年春秋2回の特別公開をしてきたが、かねてから『この公開を誰か一人のプロデュースに委ねたい、できるならば現代美術作家に』という美術館内の思いを、4月着任早々の高階秀爾館長が『では福田美蘭さんに、お願いいたしましょう』と形にして本企画が実現。
 美蘭さんは、5月のオファー以来、短期集中で、なんと全て新作の27作品群を用意。そのいずれもが、大原美術館の作品を素材にしたもの。
 
安井曽太郎と孫
モネの睡蓮
浜田庄司の大皿
上から『安井曽太郎と孫』『モネの睡蓮』『浜田庄司の大皿』
例えば、『安井曽太郎と孫』は、所蔵の安井作『孫』をもとに、安井がこの作品を描いているさまを、(色も形もかなり安井流のデフォルメがなされた)描かれている娘が傍らで見ているもの。
 『モネの睡蓮』は、モネ『睡蓮』の図様と、現在ジベルニーのモネの邸宅の池から株分けされた睡蓮が浮かぶ大原美術館敷地内の池の実景を重ね合わせたもの。
 また、ゴッホ作として昭和戦前に購入されながら、現在では贋作の疑いが濃厚なため常設展示から外すことの多い『アルピーユへの道』という作品と、同じ図様ながら、日本人がゴッホらしいと感じる色彩を施した自作を併置する『ゴッホをもっとゴッホらしくするために』。
 この他にも、浜田庄司の大皿や、古代オリエントの所蔵品と自作を取り合わせた作品、孫三郎の長男総一郎が鳥好きであったことにちなみ、庭の各所にある大原美術館所蔵作品(の図版)を双眼鏡でさがすバードウォッチングなど、実に多彩なアイデアは驚くばかり。さらに、安井曽太郎、モネ、ゴッホのみならず、児島虎次郎、あるいはモノ写真、さらには雪舟まで描き分ける、その腕の技術たるや、ただただ驚嘆するばかり。
 担当者としても、まさかこれほどまで美蘭さんがやってくれるとは思ってもみませんでした。
 それは、たんに作品数が多いというだけではなく、彼女のこれまでの活動からすれば、ある程度は想定してはいたものの、ここまで踏み込んで大原美術館という素材に取り組んでもらえるとは思ってもみなかったということ。
 しかし、そこまで踏み込んでくれたがゆえに、同時に開催されていた『コレクションテーマ展3 Contemporary Works』で現代のアーティストを取り上げた意味と、過去の事例をすくい上げる屏風祭の意味すらもが、明確になりました。
 屏風祭にも合わせるように、「有隣荘・福田美蘭・大原美術館」最終日前日に実施したシンポジウム「伝統からの創造」でも、田中優子(法政大学教授・江戸文化研究者)、福田美蘭(アーティスト)、大原謙一郎(大原美術館理事長)、高階秀爾(大原美術館館長)の4名のパネリストからも、過去の蓄積と現代の最先端の出会い、あるいはその振幅を享受する意義が口々に指摘されました。
 なかでも、田中氏は、美蘭さんの作品に一貫する「洒落のめす」ような脱構築の姿勢を、『江戸を学ぶ者は、まず福田さんの姿勢を学ばねば』と絶賛。現代のアーティストのエスプリをもってしてこそ、江戸という過去の豊かさに対してリアリティをもって望むことができることを教えてくれました。また一方、美蘭さんは、現代をより豊かな可変的なものにするために、いかに過去の蓄積に学ぶべきものが多いのかを、その作品を通じて示してくれました。
 そうした意味において、この「有隣荘・福田美蘭・大原美術館」は、ここに紹介してきた諸企画を同時に催す力をもった倉敷という土壌の豊かさを、象徴的に集約した存在であるわけです。
 もっとも、「有隣荘・福田美蘭・大原美術館」を通じて、つくづく感じたのは、福田美蘭というアーティストが、いかに絵画というものに向き合い、その存在の大きさを信じ、さらにはそれを現出させるアーティスト、つまりは人間の存在に信を置いているかということ。
 これだけ、大原美術館の作品、歴史に踏み込めば、自ずとそれは大原美術館への批評のみならず、美術館という制度、そして絵画というものの存在に対する、美蘭さんの鋭敏な問題提起に満ちたものとなります。
 作品としてはさりげないものであるが、この展覧会の冒頭で、観客は、美蘭さんによって組まれた、大原美術館のミュージアムショップで売られているエル・グレコ作『受胎告知』のパズルを目にする。
 そして最後に至る2階のベランダでは、大原美術館本館を背後に、その場所から児島虎次郎が、その光景を描いたとする絵画作品を目にする。
 有隣荘完成が1928(昭和3)年、児島虎次郎はその翌年に逝去。そして大原美術館の完成が、その翌年。
 たった一年違いゆえ、もしかしたら、いずれかが少しでもずれれば、実際に描かれたかも知れない光景だが、けして描かれることのなかった光景。その不在の絵画を、感動的ともいえるパノラマの中に実在させるのも、また絵画。
 実に見事な展示構成の中で、最初と最後に、そっと、あるいは大仕掛けのカモフラージュのもとに置かれた、ふたつの作品のうちに、絵画をめぐる様々な思念への誘いがあった。それは、短絡的に了解できる図式的な提示や批評を超えて、我々のイマジネーションを宙吊りにしたまま、思考継続を余儀なくさせてくれる。福田美蘭は、すごいアーティストである。

 展覧会、出品作の詳細は、以下をごらんください。
http://www.ohara.or.jp/ohara_tushin/fkd.htm
 

会期と内容
児島虎次郎記念館 開館30周年記念
2002年 コレクションテーマ展3

会期:10月1日(月)〜10月20日(日)
会場:大原美術館 児島虎次郎記念館
出品作品:
ジュン・グエン=ハツシバ
Memorial Project Nha Trang,Vitnam 2001 
中村 一美  緑の草庵  1993
中村 一美  水師  1988
中村 一美  連鎖−樹破房  1993-94
長沢 秀之  風景−夜T  1992
堂本 右美  無題  1993
小池 隆英  無題  1994

倉敷屏風祭 ―我が家のお披露目祭―
会期:10月19日(土)、20(日)日 午前10時頃〜午後7時頃
会場:本町〜東町筋の約30軒の協賛各家が通りに面したスペースに屏風などを展示。
主催 倉敷屏風祭復活を願う衆

平成14年秋の有隣荘特別公開
「有隣荘・福田美蘭・大原美術館」

会期:10月11日(金)〜10月20日(日)、11月2日(土)〜11月4日(月・祝)
会場:大原美術館 有隣荘
福田美蘭の新作27作品群を展示


学芸員レポート
 学芸員の日常
半年経っても、いまだに高階秀爾館長を目の前にすると、なんだかテレビを見ているような気がする私。
公立美術館から、私立美術館に移っただけでも環境の変化著しいが、それが、これだけ立て続けにあれこれ企画を打っていると、いったい何がなんだかわからなくなってきます。
この後も、小出楢重、そしてクロード・モネの所蔵品をもとにしたコレクションテーマ展示。1月からは眞板雅文さんを招いて、工芸館の棟方志功の展示室から中庭を用いての作品制作&11月までの長期展示。それに関わるシンポジウムやらコンサート。夏から秋にかけては、生誕100年を迎える棟方志功展。それにまだ言えない企画の数々。そうそう、有隣荘もまた現代を生きるアーティストをお招きします。
とはいえ、岡山・倉敷のアートシーンだけは、こまめに立会い、なるべく皆様にご報告いたしますので、今回と今後の手前味噌をお許しあれ。

[やなぎさわ ひでゆき]

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