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東京都写真美術館 「川田喜久治 世界劇場」展
増田玲[東京国立近代美術館]

 
札幌/吉崎元章
福島/木戸英行
東京/増田玲
高松/毛利義嗣

要塞
ヘレンキムゼー宮、前庭のビーナス
手
上:「地図」より 《要塞》 1959-65年
中:「狂気の城」より《ヘレンキムゼー宮、前庭のビーナス》 1969年
下:「カー・マニアック」より《手》 1997年
 東京都写真美術館で「川田喜久治 世界劇場」展が開催されている。川田喜久治(1933年生まれ)は1950年代半ばに登場し、いわゆる戦後派世代の旗手の一人として、1959年にともに写真エージェンシーVIVOを結成した東松照明、奈良原一高、細江英公らと時代をリードした写真家である。50年に及ぶ長いキャリアを持ち、近年は積極的にデジタル処理を取り込んだ作品を発表するなど、いまなお旺盛な制作を展開している。
 今回の展覧会は、その表題にも現れているように、全体が一つの「劇場」と見立てられ、第一幕は1965年の『地図』、第二幕では1971年の『聖なる世界』、第三幕では1998年の『世界劇場』という、三冊の写真集がそれぞれの「幕」の中心となっている。
 第一幕で紹介される『地図』は、川田の評価を確立すると同時に、日本写真史に残る記念碑的な作品と位置づけられている写真集である。全頁観音開きという杉浦康平による特異なブックデザインで、序文は同じく戦後派世代の作家・大江健三郎。原爆ドームや東京湾の要塞、特攻隊員たちの遺品など太平洋戦争の痕跡をめぐるハイコントラストの「黒暗々とした」(大江健三郎)印象的なイメージの連鎖の中に、戦後日本社会の「地図」が描き出されていく。限定800部という部数もあって、現在ではなかなか観る機会もないこの写真集が、矩形に配されたケース内に解体されて全頁展示してある。そのケースを取り囲む壁面に大小二種類のフォーマットのプリントが展示された空間が、展覧会の導入部である。
 第二幕の『聖なる世界』はヨーロッパのバロック庭園、ルードヴィヒ二世の城、中世のグロッタ寺院、香港のタイガーバーム・ガーデン、さらには蝋人形館などをモティーフとした写真集である。バロック庭園といい洞窟といい蝋人形館といい、ここに現れるのはグロテスクで偏執狂的な彫像や装飾に埋め尽された奇妙にゆがんだ小世界だ。川田のレンズはその過剰に作りこまれたディテイルを執拗に捉えて行くが、それらの作品は、迷路のように狭く壁が建て込まれた空間に展示されており、展示空間自体がひとつのグロッタ(洞窟)のような趣を呈している。
 第三幕の『世界劇場』は70-80年代に撮影された「ロス・カプリチョス」と90年代末の「カー・マニアック」という二つの都市論的な作品が、天体の運行と昭和、20世紀という二つの時代の終焉とを軸にした「ラスト・コスモロジー」と組み合わされて一つの全体をなす写真集である。今回の展覧会ではこれに最近作「ユリイカ 全都市」が加えられて、展覧会の最終幕を構成している。
 緻密に作りこまれた写真集の出版を写真家としての活動の重要な柱としてきた川田喜久治の作品世界を、うまく展覧会というかたちに移しかえた構成に感心した。ところで書物もまた、ある世界像を表象するひとつの閉じられた小宇宙と見なすことができる。しかし、川田の「写真集=書物」の表象する世界像は、表層の下にあるものをえぐりだすような独特の強度を持つ眼差しによって捉えられた強固なイメージ群を、緻密に構成・構築することで形作られたものでありながら、そこに現出するのはいつもすでに廃墟と化したような、あるいはそれ自体の中に崩壊への衝動を内包したような世界像と言えるのではないか。そのことは一貫している。地図もまたひとつの世界像を表すものであるが、それを表題とした最初の写真集で提示された地図とは、たとえば「暴力的な光の所在をあかしている」(大江)原爆ドームの壁にきざみつけられた黒々としたシミに、つまり暴力的な光=原子爆弾による圧倒的な破壊のあとの廃墟に見出されていたのだから。
 多重露光やデジタル加工によるイメージの反復・重層を大胆に駆使した最近作「ユリイカ 全都市」にも、崩壊へのヴィジョンは強く現れている。それは数時間後に私たちがあの映像を目撃することになる2001年9月11日の夕刻、東京・市ヶ谷の自宅で禍々しいような真っ赤な夕焼けに向けてシャッターを切っていた川田独特の幻視者的な感性によるものであると同時に、圧倒的な破壊の跡に「地図」を見出すことから出発した写真家の、いわば既視感をともなう世紀転換期の世界へのヴィジョンなのではないか。展覧会全体を見終わって、そういう感想を強く抱いた。

会期と内容
●川田喜久治展「世界劇場」
会期:2003年3月29日(土)〜5月25日(日)
会場:東京都写真美術館 2F展示室
〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
休館日:毎週月曜日(休館日が祝日または振替休日の場合、その翌日)
開館時間:10:00〜18:00 (木・金は20:00まで) 入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般500(400)円/学生400(320)円/中高生・65歳以上250(200)円
( )は20名以上の団体料金
※小学生以下および障害をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料、東京都写真美術館友の会会員無料
主催:東京都/東京都写真美術館/朝日新聞社/川田喜久治展実行委員会
問い合せ:東京都写真美術館 TEL: 03-3280-0099(代表)/FAX: 03-3280-0033

学芸員レポート
SELF AND OTHERS
牛腸茂雄《SELF AND OTHERS》1977年
 現在、5月24日からはじまる展覧会「牛腸茂雄展」(5月24日−7月21日)の準備を進めています。この展覧会は、建物のリニューアルによってできた新しいスペース、ギャラリー4を使って開催するもので、同時期、1階の企画展ギャラリーでは「地平線の夢 昭和10年代の幻想絵画」展(6月3日−7月21日)が開催されます。
 牛腸茂雄(ごちょう・しげお)は三冊の写真集と一冊のインクブロットという技法による画集を遺して、1983年に36歳で世を去った写真家です。その仕事は1992年に『デジャ=ヴュ』誌で特集を組むなど、写真評論家・飯沢耕太郎氏による一連の紹介により、90年代に入って静かな関心を集めてきました。僕自身もそうした再評価によって、この写真家を知り、関心を持った一人ですが、今回の展覧会へとつながる契機としては、1999年に担当した「大辻清司写真実験室」展と、昨年の「未完の世紀」展があります。後者「未完の世紀」は400点近い作品によって日本の20世紀美術をたどる大展覧会でしたが、それでも到底充分ではなく、とりわけ写真についてはきわめて限られた作家・作品しか取り上げることができませんでした。写真のパートの担当として、そこであえて牛腸を入れるのは、ある意味で問題提起的な試みでもあったと思います。しかし「人間と物質−1970年代以降」という章に展示された牛腸の作品は、そこを起点とした何かが、現代の写真表現にまでつながってきているというたしかな手応えを感じさせるものでした。それがどういうものなのか。牛腸が師事した写真家・大辻清司の写真をめぐる実践と思考の軌跡をてがかりにして牛腸の仕事を見ていくことで、それは少しはっきりするのではないか。そういう思いで今回の展覧会の準備を進めています。
 展覧会は代表作となった写真集『SELF AND OTHERS』を中心として構成されます。佐藤真監督の映画「SELF AND OTHERS」(2000年)によって牛腸の存在を知った方もいるのではないかと思いますが、そうした方々にもぜひ会場で牛腸の作品世界に触れていただきたいと思っています。
会期と内容
●牛腸茂雄展
会期:5月24日(土)〜7月21日(月・祝)
会場:東京国立近代美術館(本館)
〒102-8322千代田区北の丸公園3-1
TEL: 03-5777-8600(ハローダイヤル)
休館日:毎週月曜日(ただし7月21日は開館)
開館時間:10:00〜17:00 金曜日は20:00まで(入館はそれぞれ閉館30分前まで )

観覧料:一般420(210)円/大学生130(70)円/高校生70(40)円
※小・中学生、65歳以上は無料
※( )内は20名以上の団体料金

[ますだ れい]

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