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具体美術協会

Gutai
更新日
2024年03月11日

1954年、戦前から関西における前衛のパイオニアとして活躍していた吉原治良をリーダーに、彼に作品の批評を受けていた若い作家たちによって結成されたグループ。結成メンバーは17名、最終的に約60名が参加した。会名は「精神が自由であることを具体的に提示」(『具体』創刊号)するという理念に由来。結成翌年、新制作派協会で「0会」を作っていた白髪一雄、村上三郎、金山明、田中敦子、嶋本昭三らが加入して先鋭化を深め、描画方法を間接化した絵画(白髪の足で描く絵画、絵具を投げつける嶋本の「投擲絵画」)、パフォーマンス(紙を突き破る村上、半裸で泥の中で悶える白髪)、音や光、煙といった非物質的メディアの使用(舞台美術、田中の「電気服」)、体験型作品など、特に初期のラディカルな活動で知られる。50年代後半からはミシェル・タピエとの交流によりアンフォルメルの代表的グループと見なされ、海外進出を果たす。これにしたがって絵画が活動の中心になり出すが、66年にアラン・カプローから初期の活動をハプニングの先駆として評価される。55年から65年まで12冊発行された機関誌『具体』がいずれも(部分的ながら)バイリンガルであったことにも現われている通り、そもそもこのグループは結成当初から世界を視野に入れていた。児童詩誌『きりん』への寄稿や児童美術公募展の審査員を務めるなどの児童美術との積極的交流や、メンバーの展示を含む現代美術を紹介する施設「グタイピナコテカ」の設立なども独自の活動として注目されよう。日本万国博覧会への参加をピークに終息に向かい、72年の吉原の死を機に解散。80年代中頃に国内外で回顧展が開催され再評価の機運が高まり、現在ではもの派と並んで日本の現代美術を代表する国際的動向に位置づけられている。

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補足情報

参考文献

『具体美術の18年』,芦屋市立美術博物館編,「具体美術の18年」刊行委員会,1976
『具体資料集 ドキュメント具体1954-1972』,芦屋市立美術博物館編,芦屋市文化振興財団,1993
『「具体」ってなんだ? 結成50周年の前衛美術グループ18年の記録』,平井 章一,美術出版社,2004
Gutai : Decentering Modernism,Ming Tiampo,University of Chicago Press,2011
Gutai : Splendid Playground,Alexandra Munroe and Ming Tiampo etc.,Guggenheim Museum,2013