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シミュラークル

Simulacre(仏)
更新日
2024年03月11日

仏語で「虚像」「イメージ」「模造品」などを意味する。ピエール・クロソウスキー、ジル・ドゥルーズ、ジャン・ボードリヤールら20世紀フランスの哲学者たちが特別な含意を込めて用いたことで知られる。クロソウスキーとドゥルーズは、それぞれニーチェとプラトンを論じるさいに、「シミュラークル」を(いわゆる「実像」や「本質」に対する)「虚像」ないし「仮象」から区別し、実像と虚像、本質と仮象という二項対立の関係を哲学的に問い直した。それに対してボードリヤールの議論は、むしろ消費社会や文化現象の考察を主な目的としており、今日において仏語の「シミュラークル」という言葉が用いられる場合は、後者の用法が念頭に置かれていることが多い。ボードリヤールは、(1)ルネサンスから産業革命、(2)産業革命以降、(3)現代の消費社会における「シミュラークル」を区別し、それぞれに「模造」「生産」「シミュレーション」という名を与えた(以上の三段階はしばしば「自然主義的シミュラークル」「生産主義的シミュラークル」「シミュレーションのシミュラークル」とも呼ばれる)。以上のようなボードリヤールの主張に従えば、今日の消費社会における諸事物は、プラトン的な「オリジナル」と「コピー」(「本物」と「偽物」)の対立において存在しているのではなく、ただその「模像(シミュラークル)」の循環のみによって存在していることになる。『象徴交換と死』(1976)や『シミュラークルとシミュレーション』(1981)におけるこうした主張は、美術におけるシミュレーショニズムや、ウォシャウスキー兄弟の映画『マトリックス』シリーズ(1999-2003)をはじめとする同時代・後世の文化に大きな影響を与えた。

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参考文献

『ニーチェと悪循環』,ピエール・クロソウスキー(兼子正勝訳),ちくま学芸文庫,2004
『意味の論理学(上・下)』,ジル・ドゥルーズ(小泉義之訳),河出文庫,2007
『象徴交換と死』,ジャン・ボードリヤール(今村仁司、塚原史訳),ちくま学芸文庫,1992
『シミュラークルとシミュレーション』,ジャン・ボードリヤール(竹原あき子訳),法政大学出版局,1984