署名
- Signature
- 更新日
- 2024年03月11日
制作者が自作に付した作者名、すなわちサインのこと。作品が完成した際、作品全体の調和を損なわないように添えられる場合が多い。ある作品を特定の制作者に帰属させるための端的な情報、もしくは制作者を推定するための判断材料のひとつであり、美術市場における流通や美術史研究において重要な意味を持ち、ときに争点となる。ただし、別人によって勝手に描き加えられた偽造署名、修復の際の洗浄による署名の消失など、鑑定を誤謬に導く数々の危険性については注意が必要である。西洋の場合、自作に署名を入れる習慣は中世においてはほとんど見られず、ルネサンス以降に増え始めた。本格的に普及するのは19世紀頃である。こうした習慣が根付く背景には、芸術家の独創性や近代的自我といった観念、オリジナル信仰の発生があったと考えられる。1917年、マルセル・デュシャンがR・ムット氏なる偽名でレディ・メイドの便器に署名を入れたというエピソードは、現代美術史上あまりにも有名であり、近代的な価値観を転覆するその身振りが後世に与えた影響は計り知れない。そのほか、裸の女性モデルの身体に署名を入れたピエロ・マンゾーニの《生きる彫刻》も、署名と作品の慣習的な関係性に一石を投じた作例のひとつである。
補足情報
参考文献
『芸術と芸術批評』,マックス・フリートレンダー(千足伸行訳),岩崎美術社,1968