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スタジオ食堂

Studio Shokudo
更新日
2024年03月11日

1994年、東京都立川市にあるミシン工場の社員食堂跡を、5名のアーティスト(笠原出、須田悦弘、中村哲也、中山ダイスケ、藤原隆洋)が共同アトリエとして使用したことから、同スペースならびにグループは「スタジオ食堂」と名付けられた。広さ約1,000平方メートル、天井高6メートルの広大な空間が、各メンバー専用スペースと共有部分に分けられていたが、97年にスタジオを移転させると、スタジオ食堂としての活動はより多様化していく。中山の展覧会カタログで発表された「STARTS構想」もあり、アトリエに新たに併設されたプロジェクト・スペースでは、展覧会や講演会、近隣住民との懇親会などのイヴェントが行なわれ、またアーティストのほかにデザイナーやプロデューサーが加わることで、社会とアートの接点としてのコミュニケーションの場の創設が目指された。共通のコンセプトを提示せず、個々の作家活動を重視しながらも、ボランティア・スタッフらも組織的に構成し、企業からの助成や公共団体からの協賛を受けながら活動の範囲を拡大していったスタジオ食堂は、美術館やギャラリーとは異なる新しいコミュニケーションの場として、90年代後半に多くのメディアや美術関係者の注目を浴びた。公的な組織としての活動は98年に休止し、2000年に解散。スタジオ食堂で活動した他のメンバーに菊地敦己、小金沢健人、眞島竜男らが挙げられる。

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参考文献

『美術手帖』7月号,「スタジオ食堂」,竹内美季,美術出版社,1997