『知覚の宙吊り 注意、スペクタクル、近代文化』ジョナサン・クレーリー
- Suspensions of Perception: Attention, Spectacle, and Modern Culture, Jonathan Crary
- 更新日
- 2024年03月11日
美術史家ジョナサン・クレーリーによる1999年の著作。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、産業・社会・心理といった多岐にわたる領域で重要性を高めていく「注意」のありようを、主体が近代化を被るプロセスとの関わりにおいて論じる。クレーリーは前著『観察者の系譜』で、カメラ・オブスキュラ型の視覚モデル、すなわち観察者としての主体と認識される客体との二元論的な関係を取り上げ、やがて19世紀初頭の生理学の台頭によって、主体と客体の安定的な関係が揺らいでいく様を描いた。注意は、こうした知覚の身体性による揺さぶりを経てもなお、散漫な意識の内容に一貫性と明晰性をもたらすべく近代の主体に要請される。だがそれは、必ずしも主体と客体との安定的な関係を再構築するものではありえない。ひとつのものを長く見ていると集中はすぐさま破綻するように、注意は散漫と地続きであり、高まっていく注意への関心は逆説的に、催眠やトランスといった知覚の非合理な側面との連続性を露わにすることになる。こうした「注意する主体」の様態とその変遷をクレーリーは、1879年、1888年、1900年を中心とする三つの年代区分を設け、同時代の新興科学や哲学、社会学といった言説を駆使しながら丹念に描いていく。さらに、それぞれの区分の中核には、マネ、スーラ、セザンヌの作品が据えられ、そこに潜在する注意の様態が読み込まれる。視覚の純粋性へと向かうモダニズムの過程において大きな参照点となってきた作家たちを取り上げながら、それらを注意と散漫の危うい閾へと引き寄せていく議論は、モダニズム美学の言説の内側から、その基盤を批判的に検討していく試みともなっている。
補足情報
参考文献
『知覚の宙吊り 注意、スペクタクル、近代文化』,ジョナサン・クレーリー(岡田温司監訳、大木美智子、石谷治寛、橋本梓訳),平凡社,2005
『観察者の系譜 視覚空間の変容とモダニティ』,ジョナサン・クレーリー(遠藤知巳訳),以文社,2005