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『日本風景論』志賀重昂

Nihon Fukei Ron, Shigetaka Shiga
更新日
2024年03月11日

地理学者・志賀重昂が、世界で最も優れたものとして日本の風景のさまざまな特質を分類し、顕彰した1894年の著書。日本の風景の美点を「瀟洒、美、跌宕(のびのびとして雄大であること)」に分け、さらに「気候、海流の多変多様なる事」「水蒸気の多量なる事」「火山岩の多々なる事」「流水の浸蝕激烈なる事」の4つの構成要素が日本の風土の印象を決定しているとした。この4つの項目からも推測されるように、志賀の記述は、日本の風景がいかに「多さ」や「豊かさ」において他国を圧倒しているかを主張するものである。黎明期の近代地理学を基礎とした資料や学術的知見を援用しつつ、漢詩文調の流麗な文体で展開される同書は、同時に観察と観測に基づく絵画的・視覚的な記述で覆われた書物でもあり、随所に俳諧や日本の絵画作品が参照されている。したがってその記述は、芸術作品の表象によって日本の風景を実証しようとする意欲によっても貫かれていた。実体と印象とを折り合わせようとする論調からつくり出された美学的な景観意識は当時の日本で受け入れられベストセラーとなったが、雑誌『日本人』の創刊(明治21年)など、ナショナリズムの昂揚期に国粋保存主義の論陣を張った志賀の同書は、日清戦争と三国干渉、日露開戦に至るまでの時事的な状況の推移に密接に随伴するものでもあった。

著者

補足情報

参考文献

『日本風景論』上・下,志賀重昂,講談社学術文庫,1976