「ネット・ペインティング」草間彌生
- “Net Painting”, Yayoi Kusama
- 更新日
- 2024年03月11日
現代美術家、草間彌生が1950年代末にニューヨークで発表した絵画のスタイル、および作品シリーズの呼称。「インフィニティ・ネット(Infinity Net)」あるいは「無限の網の目」とも呼ばれる。57年にシアトルを経由してニューヨークに移住した草間は、59年、ポスト抽象表現主義作家が集まったことで知られるマンハッタン10丁目のブラタ・ギャラリーで個展を行なう。このとき、黒を背景に、キャンヴァス全体に白い絵具で細かい弧を描き込み、白のウォッシュをかけた、5メートル近くになる大型絵画を5点発表する。反復される弧が網の目状に見えることから後に「ネット・ペインティング」と呼ばれるようになる。この作品はドナルド・ジャッドやドア・アシュトンら著名な評論家に注目され、草間はニューヨークでの活動の基盤を固めた。ただし「ネット・ペインティング」という呼称が最初に用いられるのは、草間の独自性が再評価されるようになった80年代末以降のことである。同じくよく知られる彼女の水玉(ポルカ・ドット)の絵画とは、ネガとポジの関係にあるとされ、両者とも草間の代表作となっている。作家によると、網の目のパターンは、彼女が幼少の頃より抱える精神障害や幻覚に由来し、そこには強迫的なくり返しの衝動をもたらす病理的な側面がある。だが他方で、同じ単位の均質なくり返しが同時代のポップ・アートやミニマリズムに見られる工業的な反復と比較されることもあり、美術史上の先見性や価値も認められてきた。さらに後年には渡米以前の日本画やシュルレアリスム要素の強い絵画の多くにも、網の目模様が見られることが指摘され、その起源や発展経緯は複合的だと考えられる。「ネット・ペインティング」に端を発する同じ形態の反復は、その後マカロニやステッカーといった既製品、布製のオブジェなどさまざまな要素で展開し、インスタレーションやパフォーマンスにも応用されるなど、これまで一貫して草間の制作の基本原理となっている。
補足情報
参考文献
『芸術生活』1975年11月,「わが魂の遍歴と闘い」,草間彌生,芸術生活社
「草間彌生 ニューヨーク・東京」展カタログ,東京都現代美術館,2000
「草間彌生 永遠の現在」展カタログ,国立近代美術館,2004
Psychoanalysis and the Image,“Yayoi Kusama between Abstraction and Pathology”,Izumi Nakajima,Blackwell Publishing,2006
Mirrored Years(exh. cat.),Midori Yamamura and Yayoi Kusama,Boijmans Museum,2009
Yayoi Kusama: Inventing the Singular,Midori Yamamura,MIT Press,2015