ヒップホップ・カルチャー
- Hip Hop Culture
- 更新日
- 2024年03月11日
DJ、ラップ、ダンス、グラフィティを主要な活動領域とする音楽文化。1970年代にニューヨーク市ブロンクス区の公園や街頭で開催されていたブロック・パーティと呼ばれる野外イベントに起源を持つ。当初はマイノリティや低所得者層によるアンダーグラウンドな文化として認知されていたが、80年代にいくつかのヒット曲が生まれたことをきっかけに世界中に拡散。グローバルな文化として世界各地で独自の変化を遂げている。ブロンクス区には、アフロ・アメリカンやヒスパニックの低所得者層が数多く居住していた。厳しい現実に直面する彼らは、70年代後半に全盛を迎える享楽的なディスコ・ミュージックから距離をとり、ストリートでパーティを開いて自分たちの生活に根ざしたシーンを築き始める。ここでファンクやラテンの楽曲をかけていたジャマイカ系移民のDJクール・ハークは、歌やソロ演奏が途切れてリズムのみが全面に押し出される「ブレイク」の瞬間にオーディエンスが激しいダンス・パフォーマンスを繰り広げることに着目。ブレイクを求める彼らのために、ビートのみを強調したDJスタイルを編み出す。また、クール・ハークはDJプレイの合間にマイク・パフォーマンスも披露し、これを継承したフォロワーによってラップが確立された。こうして、ビート、ラップ、ブレイクダンスを軸とする音楽文化が誕生し、DJのアフリカ・バンバータはこれを「ヒップホップ」と名づけた。ヒップホップの担い手たちは複数名によるユニット(クルー)を結成し、互いにDJ、MC、ダンスを競いあいながら形式と内容に磨きをかけていく。クルーの名を広める手段としてグラフィティも積極的に用いられ、活動の場は路上の壁面や地下鉄の車体といった公共空間にも広がった。80年代以降に商業的な成功もおさめると、ヒップホップはR&Bを中心とするブラック・ミュージックの勢力図を塗り替え、世界中のあらゆる人種と階層を巻き込んだ文化へと発展した。
補足情報
参考文献
『ヒップホップ・アメリカ』,ネルソン・ジョージ(高見展訳),ロッキング・オン,2002
『日本のヒップホップ 文化グローバリゼーションの〈現場〉』,イアン・コンドリー(上野俊哉ほか訳),NTT出版,2009
『アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』,大和田俊之,講談社,2011
『ブラック・マシン・ミュージック ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ』,野田努,河出書房新社,2001
『ブラック・ミュージック入門』,ロック・クラシック研究会編,河出書房新社,2008
『ヒップホップ・ジェネレーション』,ジェフ・チャン(押野素子訳),リットーミュージック,2016