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民族誌映画

Ethnographic Film
更新日
2024年03月11日

民族誌映画と呼ばれるドキュメンタリー映像は、映像人類学の主要な研究実践に位置づけられる。人類学者はフィールドワークによる参与観察に基づいた民族誌の記述を研究の基礎的な営為としてかかげてきたが、民族誌映画は映画的話法による民族誌だといえる。実験と変革を重ねてきた民族誌と同様に、⼈類学・民族学における映像表現の模索は長い歴史を有する。例えば1950年代初頭に始められた、ドイツの国立科学映画研究所による映像の百科事典事業「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」に見受けられるように、⼈類学・民族学の映像は人間の行動や民族の生活文化を、映像を通して、詳細に比較検討し分析することを主要なミッションとしてきた。そこにおいては、研究者/制作者が、映像に収められた出来事には関与しない観察者を装い、映像のなかではその姿をあからさまに見せない様式が好まれた。日本では、テレビのドキュメンタリー番組や報道番組の影響もあり、プロのナレーターによる、対象についての俯瞰的かつニュートラルな視点からの解説を軸とし、そこに写真や動画を組み込む解説型モードの作品を望ましい学術映像としてとらえる風潮が根強かった。解説型の様式において映像は、テクストによる解説やアカデミックな論述に従属するデータに位置づけられるのである。以上の様式にとどまらない映画的な話法が、20世紀の半ば以降、ジャン・ルーシュやロバート・ガードナーなどによって提起された点も無視できない。撮影者と被写体間の相互行為に基軸を置くシネマ・ヴェリテ、さらに撮影者・被写体間のコラボレーションに基づいた演技を主体にするエスノ・フィクション、映像制作過程の舞台裏の省察的な開示、解説を排除した詩的なモンタージュなど、民族誌映画の方法論をめぐってさまざまな試みがなされてきたといえる。
人類学者による研究作品の国際的な上映と討論の場となっている現在の民族誌映画祭は百花斉放といったところで、そこではオーソドックスな観察記録型、あるいは解説型の映画から、アヴァンギャルドな映像実験までさまざまな試みを確認することができる。人類学における映像は、研究者の感覚や感情、あるいは表現、演出といったキーワードを軸に大きく開かれつつある。

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補足情報

参考文献

『映像人類学(シネ・アンスロポロジー) 人類学の新たな実践へ』,村尾静二、箭内匡、久保正敏編,せりか書房,2014
『フィールド映像術』,分藤大翼、川瀬慈、村尾静二編,古今書院,2015
『文化人類学』80(1),「序 <特集>人類学と映像実践の新たな時代に向けて」,川瀬慈,日本文化人類学会,2015
『詳論 文化人類学 基本と最新のトピックを深く学ぶ』,「映像と人類学」田沼幸子,桑山敬己、綾部真雄編,ミネルヴァ書房,2018