無響室
- Anechoic Chamber
- 更新日
- 2024年03月11日
無響室とは、外からの音を遮断し、室内を吸音性の高い素材で仕上げて残響時間をほぼゼロにした特別な空間である。反射音の影響なしに被測定物が発生する音だけを忠実に測定できるため、スピーカー特性の測定や騒音計の感度測定や聴感実験など、さまざまな科学的・工学的な目的に使われる。また、無響室では聴覚が正常に機能せず、性能のよい耳栓を圧迫感を感じずに付けているような感覚に陥る。そのため、感覚分離の実験や、時には拷問のためにも使われる。音楽史では、無響室はジョン・ケージが自らの実験音楽の起源につながる経験をした場所として重要である。ケージは1951年にハーバード大学の無響室を訪れる機会を持ち、そのとき「自分が意図せずに発している二つの音(神経系統の作動音、血液の循環音)が聞こえることを発見した」。ケージが繰り返し語るこの無響室での体験は、ケージに、世界中に音響が遍在していることを示唆するものだった。この逸話は次のような考察に続く。「人は、客観的な状態(音と沈黙)ではなく、主観的な状態(音のみ)のなかにいる。主観的な状態とは、意図された音とその他の意図されなかった音(いわゆる沈黙)で成立しているのだ」。つまり、世界は音──音と意図されなかった音──で満ちている。というのも、無響室の中ですら音は存在するからである。こうしてケージは、意図されずに発せられていた音も音楽作品のなかに取り込むために、偶然性の技法を用いたり環境音を取り込んだりするようになる。日本でもさまざまな研究機関やICC(NTTインターコミュニケーションセンター)などで、無響室を体験することができる。そこでは私たちは、この自然界には存在しない、ケージの言う「音楽の零度」を、かなり異様な空間として体験することができるだろう。
補足情報
参考文献
『サイレンス』,「実験音楽:教義」,ジョン・ケージ(柿沼敏江訳),水声社,1996
Noise,Water,Meat: A History of Sound in the Arts,“John Cage: Silence and Silencing”,Douglas Kahn,MIT Press,1999