礼拝的価値/展示的価値
- Kultwert/Ausstellungswert(独)
- 更新日
- 2024年03月11日
宗教儀礼での「礼拝(kult/cult)」と美術館や映画館での「展示(ausstellung/exhibition)」において見出される芸術作品の対極的な価値体系のこと。ヴァルター・ベンヤミンが論考「複製技術時代の芸術作品」の中で打ち出した枠組である。ベンヤミンは、芸術の起源が原始時代の魔術にあると断じている。洞窟壁画のような原始時代の芸術は神や霊に捧げるために生み出されたものであり、多くの人々に鑑賞されることは想定されていなかった。魔術の延長線上にある宗教においても、芸術作品は儀礼が催される特定の時間と場所に強く結びつき、小さな共同体の伝統連関を維持するための礼拝の対象となった。教会や寺院の内部に固定された神像や、宗教的建築物の一部となっているフレスコ画やモザイク画は、礼拝的価値を有する芸術作品の典型例である。しかし、こうした作品に宿る連続性と固有性は、複製された作品が時間的かつ空間的に異なる文脈に展示されることによって突き崩される。ルネサンスの前後に生まれた胸像やタブロー絵画といった移動が容易な形式も、非宗教的な場での展示の可能性を秘めていた。そして、写真や映画による機械的複製の誕生後に、礼拝から展示への決定的な転換が起こる。機械技術による複製が大量生産され、世界のあらゆる時空でオリジナルの精巧なコピーが展示されるようになると、その量的な膨張はベンヤミンが〈アウラの凋落〉と呼んだ芸術作品の質的変化を引き起こした。展示された芸術作品は、本来置かれていた伝統連関から解き放たれ、個々の受け手が持つアクチュアルな文脈に応じて芸術作品が鑑賞されるようになった。なお、ベンヤミンは宗教的儀式での礼拝から機械的複製による展示への移行を直線的な変化として捉えておらず、一方の極から他方の極への重心移動が双方向的に繰り返される過程として芸術の歴史を考察している。
補足情報
参考文献
『複製技術時代の芸術』,ヴァルター・ベンヤミン(佐々木基一ほか訳),晶文社,1997
『ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味』,ヴァルター・ベンヤミン(浅井健二郎、久保哲司ほか訳),ちくま学芸文庫,1995
『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』,多木浩二,岩波現代文庫,2000