アーティスト・イン・レジデンス R.A.T.

メキシコシティのアーティスト・イン・レジデンス

今回は、メキシコシティにある自主運営のアーティスト・イン・レジデンスを紹介します。
メキシコでアートやカルチャーに関するおもしろそうな情報を集めるときには、いつもクチコミ・ネットワークに頼っていますが、市内のアーティスト・イン・レジデンスを尋ねると必ず名前が出るのがR.A.T.(Residencias Artisticas por Intercambio=交換・交流のためのアーティスティックなレジデンスの意)とカサ・ベシーナ(CASA VECINA=隣の家の意)です。
R.A.T.は、Trans Artistresartisなどアーティスト・イン・レジデンスの国際ネットワーク機関に登録されていないので、日本にいるときは全く存在を知りませんでしたが、カサ・ベシーナはTrans Artistsに登録・情報公開されています。

R.A.T.は2003年頃から市内の中心部で活動してきましたが、近ごろ市内に2つ目のレジデンスとなる「プエルト・ミトラ(Puerto Mitla)」をオープンしました。2月4日には第一弾レジデンスアーティストのアナ・アータカー(ANA ARTAKER/オーストリア)による写真展とオープニングイベントがあったので、私も見に行きました。レジデンスは運営者の一人である人類学者の自宅のはなれにある書庫を使っています。堅苦しさはないし、プログラムも約10年の経験の蓄積によりオーガナイズされたところとオルタナティブなところがあって、とてもよい雰囲気だったので、その場で急遽インタビューさせてもらうことにしました。

プエルトミトラの展覧会オープニング。奥の建物の2Fにギャラリーと宿泊室がある。

プエルト・ミトラの展覧会オープニング。奥の建物の2Fにギャラリーと宿泊室がある。 Photo by Residencias artísticas por intercambio

インタビューに応じてくれたセルヒオ・ゴンサレス(Sergio Gonzallez)は建築家で、そもそもは彼の建築プロジェクトで空間に絵を描いてもらうために、海外からアーティストの友達を招いて一緒にやりたいというのが動機の一つでした。「お金がないからやらない、できない、と言うのが嫌だった。だから『宿と食糧の心配はしなくていいからとにかくおいでよ』と言って招待したんだ」。そのようなことを続けているうちに、アーティストがお礼と言って自分の作品をくれるようになった。すると「作品をあげたらレジデンスできるらしい」という噂が広まっていった。さらにクチコミで拡大と継続してきた結果、アーティストがたくさん訪れるようになった。ついにはアーティスト・イン・レジデンス”R.A.T.”と名付けられることになった、、、というのがR.A.T.誕生の経緯だそうです。当初から個人的な繋がりを重視していることもあって、レジデンスアーティストの募集告知は今もR.A.T.のfacebookページの”友達”約4700人とウェブサイトがネットワーク源になっています。最初に受け入れたのがアーティストだったため、主にアーティストのレジデンスになっていますが、最近はアート以外の分野へと受け入れの範囲を拡げています。

今回オープニングイベントとして設置された3つのプレゼンテーションテーブルは、とてもおもしろい試みでした。これはレジデンスアーティストを含むメキシコシティのアーティストたちが1対1で自身の作品についてプレゼンしあうというもので、同じ街で活動するアーティスト同士が視点や情報を交換したり、互いの作品についてアーティスト同士が質問しあっていました。観客も同時進行する3つのテーブルの中からおもしろそうなテーブルに移動しては口をはさんだりして、各テーブルのプレゼンがとてもアクティブに発展していました。どのテーブルもかなり盛り上がって、たしか「あと5分」と言ってから1時間以上延長してたような・・・。R.A.T.のメンバーも、この方式のディスカッションは今後も継続しておもしろく展開していきたいと言っていました。

この日、オープニングイベントは夜更けまで6時間くらいゆるゆると続きました。終始自宅のガーデンパーティのような雰囲気で、レジデンスアーティストや地元のアーティスト、アートに関心のある人たちが交流し、次につながるクリエイティブな遊びの場のようなイベントになっていたと思います。

プレゼンテーションテーブル。奥がレジデンスアーティストのアナ。

プレゼンテーションテーブル。奥がレジデンスアーティストのアナ。

レジデンスアーティストによるプレゼンテーション

レジデンスアーティストによるプレゼンテーション(アナによるスライドプレゼンテーション)

R.A.T.およびプエルト・ミトラについてのインタビューより

私はメキシコでのリサーチとしてインタビューするときは、主に次のような質問をしています。

1──活動の生まれた背景について
2──運営方法(組織構成、運営資金のことなど)
3──活動の目的。誰にとってどのような状況を獲得するために行われているのか?なぜそれが必要だと思うのか?
4──「3」の目標を達成するために、その活動やアートがどのような機能を果たしているか?

1.についてはすでに上記で書いた通りです。そして2.主要メンバーについては、セルヒオ・ゴンサレス、ダニャ・レヴィン、オリバー・ダビッドソンという、建築家、人類学者など異なるバックグラウンドを持つ3人で運営しています。主体となる人が全員アーティスト以外のアイデンティティ、職業や収入源を持ちながら、非営利かつ彼らのボランティアで運営されています。ただし最近は、レジデンスアーティストは必ず1つ作品を残して帰ることを事前に約束することになっています。そして、それらの作品は①メンバーが共同で保管し、後に展示する、②アーティストを選考した人、制作を手伝ってくれた人へプレゼントする、③プロジェクトを存続させるために販売する、の3つの可能性を持っていることを、事前にアーティストに了承してもらっています。

さらに「3」と「4」について。彼らの興味の中心は、社会と関わるプロジェクトを作ることにあります。そのために、彼らはこのレジデンスで、社会学や人類学といった学際的なジャンルを横断しながらアートが生まれる状況を作り出し、アートの王道的なストーリーに亀裂を発生させたいと考えています。これは、社会問題をビジュアル化して再提示するというここ10数年のメキシコの現代アートシーンの流れ(もともとメキシコの近代以降のアートはそのような性格が強いけれども)が背景にあると思われます。また、R.A.T.にとって「社会」とは、すでに彼らの活動の中でやってきたように、いろんな枠組みを越えて個人的に繋がっているようなネットワークのことを指しています。

「そもそもR.A.T.に関心を持つ人は限られていると思うんだ。興味を持ち合える関係は自然発生的なものだし、人間性にもよるから。この関係性をどんなにパブリックに開いていこうとしても、自然に互いに興味を持ち合う関係で成り立っていることは変わらないと思う」(セルヒオ)

そのような関わり合いの中で、R.A.T.メンバーがそれぞれのバックグラウンドを活かし、レジデンスアーティストのプロジェクトに様々な情報をキュレーションしていくこと・・・彼らはレジデンスアーティストに方向性を与えたり提言したりすることはありませんが、常に異なる視点を提案しようとします。そういう意味で、R.A.T.とは経験を運んでくる車(vehículo)のようなものだとセルヒオは言います。

また、ずっと非営利ボランティアで運営してきた彼らは、貨幣の価値は可変的でフィクションであるという概念をもとに、この活動において何を交換しているのかということをずっと考えてきました。運営メンバーは、レジデンスプロジェクトでアーティストと経験を共有し、アーティストから生きる意義を精神的な交換価値として受け取っていると感じています。

R.A.T.は2012年にメキシコシティでプロジェクトを発展させたいアーティスト、キュレーター、批評家、アートマネージャー、研究者などを募集しています。滞在期間は最大3週間、宿泊施設、そして情報と人的ネットワークがサポートされます。

・募集要項 英語版 西語版

・応募用紙 英語版 西語版

・問い合わせ先

R.A.T.のfacebookページウェブサイト(英語サイトはこちら)、またはメールアドレス:r.a.t.residencias.artisticas@gmail.com からお問い合わせください(英語、スペイン語でのコミュニケーションが可能)。

左からR.A.T.のダニャ・レヴィン、セルヒオ・ゴンサレス、オリバー・ダビッドソン

左からR.A.T.運営メンバーのオリバー・ダビッドソン、セルヒオ・ゴンサレス、ダニャ・レヴィン

ブロガー:内山幸子
2012年3月8日 / 13:05

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