ロベルト・デ・ラ・トーレ(Roberto de la Torre, 1967-)は、さまざまな都市および公共スペースでのプロジェクトが多く、しかもコンテクストの異なる場所での巡回展示や記録展示をすることをよしとしないため、作品に立ち会うのがとても難しいアーティストですが、2010年のエクス・テレサ現代美術館(Ex Teresa Arte Actual、メキシコシティ)での個展「小麦粉とエパソーテ(Harina y Epazote)」のことを知り、社会やコミュニティとアートの関係について彼のアイデアを聞きたいと思い、インタビューを行いました。
ロベルト・デ・ラ・トーレ(Roberto de la Torre)
1967年メキシコ・プエブラ州生まれ。アートパフォーマンス、インスタレーション、ビデオ作品を展開してきたアーティスト。創作プロセスにおいて都市や建築の歴史、それらが位置するコンテクストへのリサーチを重視し、観客やコラボレーターの行為が成り立たせるようなプロジェクト性の強い作品も発表している。1990年に友人たちとアート集団、19 concreto(ディエシヌエベ・コンクレート)を結成、1996年まで先駆的なアートパフォーマンスやインスタレーション作品を発表し、国内のパフォーマンスフェスティバル等で各賞受賞。その後、個人として国内外のアートフェスティバル等に招待され、ドイツ、カナダ、中国、スペイン、アメリカ、フィンランド、日本、イギリス、メキシコ、ポーランド、ポルトガルで滞在制作と発表を行う。
はじめに──ロベルト・デ・ラ・トーレ個展「小麦粉とエパソーテ(Harina y Epazote)」についての解説
展覧会場だったエクス・テレサ現代美術館は、17世紀に建てられたサンタテレサ寺院を、構造を残したまま美術館としての機能を持たせて1993年に開館しました。当初からパフォーマンスフェスティバルや実験音楽のコンサート、メディアインスタレーションなどを開催するとともに、映像記録やそのアーカイブに早くから取り組んできた施設です。
「エパソーテ」(日本ではアリタ草と呼ばれる)はさまざまな薬効を持つハーブとして、またメキシコの伝統料理には欠かせないスパイスとして古くからメキシコの人々に親しまれている植物です。
この展覧会でロベルトは、美術館全体に小麦粉とエパソーテの製造工場の機能をインストールし、展覧会中には学生や一般のボランティアが労働員として実際に稼働させました。メンテナンス、ケア、取扱い、製造、原料の保存から分配まで、実際の工程を模倣しながら工場を洗練していき、約80日の展覧会期間中、かなりの小麦粉とエパソーテが製造・加工され、遂にはNGOや一般の人々に寄付されました。
小麦粉とエパソーテは明らかにコカインとマリファナのメタファーとなっています。しかしこの展覧会は、ますます深刻化しているメキシコの麻薬戦争について、汚職や暴力犯罪との関連性においてだけ語る一般的なメディアとは異なるパースペクティブで、国の経済発展に間接的に貢献している組織的な産業としての麻薬産業のリアリティを提示しようとしています。そして同時に、昔から麻薬密売のあるファクターを担っていたと言われる元寺院であるこのエクス・テレサ現代美術館の歴史、国立宮殿から対角線上に向かい合う区画にあり、警察や軍隊の制服販売店の前に位置するという環境を強調しようとするものでした。
一方で、美術館の見せる、保存するという機能についてもおもしろい働きかけをしていると思います。美術館へ足を運び、見るという観賞者の行為を能動的な目撃者というニュアンスに変えてしまうこと、そして展覧会中に出来上がった作品=製品が出荷され、食べるという形で作品が消費されることによって、美術館を社会の流通システムの一つに組み込んでしまうこと。彼の遊び心のあるインターベンションによって、少しずつ美術館の機能がずれたり、風穴が空いていく感じがあります。
ロベルト・デ・ラ・トーレへのインタビュー
[インタビュアー=内山幸子、通訳=タロウ・ソリージャ、2012年2月29日]
──現在までの活動について教えてください。
ラ・エスメラルダ大学でビジュアルアーツを専攻していたとき、当時の大学はあまり良くなくて、それで在学中にクラスメイトたちと19 concretoというグループを作って、集団でいくつかの異なるプロジェクト、パフォーマンス、インスタレーション作品を発表しながら7年間活動した。
大学卒業をきっかけに1997年からそれぞれのメンバーが個人で活動を始めたんだけど、僕は外国でのプロジェクトやフェスティバルでの仕事に恵まれたので、旅行しながらパフォーマンスを中心に発表していった。このとき公共スペースで制作と発表をすることが多くて、今の仕事につながる重要なきっかけになったんだ。まずその都市や建築、その場所の歴史についてリサーチするようになった。それから、それまではアーティストが主役のパフォーマンスだったけど、必ずしも自分は必要なくて、その場にいる人たちとインタラクティブにパフォーマンスを作っていくとができるということに気づいた。公共スペースには違うチャンネルがあるということに気づいたんだ。それは僕にとってとても豊かな経験になった。
ディエシヌエベ・コンクレート《秩序と進歩》
19concreto, ORDEN Y PROGRESO(メキシコ国立自治大学附属チョポ美術館、1995)
1999年にカナダのバンフレジデンスセンターで制作した《ピアノ、古いピアノのための9つのムーブメント》では、現地で見つけた古いピアノを地域の人たちと再び使うために、僕はピアノをどうやって動かしてどこで弾くかということをオーガナイズして、あるピアニストに即興演奏してもらった。ピアニストは僕のコンセプトを非常によく理解してくれて、例えばエレベーターの中にピアノを持ち込んで弾いてもらったときは、屋上では高いトーン、地下では低いトーンを弾くといったように、ピアニストともおもしろいコラボレーションの関係ができた。これまでとは違う関係で、パフォーマンスすることが可能だということを、実証することができたんだ。それからさらに、いろんな人たちが集まる場所にピアノを移動して、同じ境遇に立ち会ってもらった。
僕の作品は、作品によってプロセスを強調することはできるけど、プロセスがないと成り立たない。そして僕は人々に近づけるこのやり方がとても好きな んだ。アートは、世界を変えることはできないけど、人々に優しくすることはできる。アートは、社会が個人に優しくなることを提案できると思うんだ。「アートで世界を変える」と言っても、それは70年代の世界で行われていたことだし、僕らのアートは常にアートの歴史の焼き直しだから、だから僕は既にあるものの一部をちょっと変えて見せること、そして返ってきたことからまた作品を作ること、その繰り返しが重要だと思っている。
──アートまたはアーティストは、社会でどのように機能することができると思いますか?
イデオロギーが、あることについて範囲を狭めてわかりやすくするのに対して、アートはあることについて視野を拡げたり視点を増やすようにして現実の世界を拡げて見せる技術だと思う。そしてアーティストは作品のなかで社会を批評することもあるけど、同時に作品が批評している社会そのものと密接に関わっている アート/アーティストそのものについても自己批評することが可能なんだ。自己批評を含めた批評というのは、誰にでもできることではない。それはアーティス トだけに与えられたパスポートだと思う。
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過去の作品とプロジェクトの紹介
ロベルト・デ・ラ・トーレ《ピアノ、古いピアノのための9つのムーブメント》
Roberto de la Torre, Piano, Nine movements for the old piano(バンフレジデンスセンター、カナダ、1999)
ロベルト・デ・ラ・トーレ《モルディーダ、モルディーダ!(かじれ!かじれ!)》
Roberto de la Torre, ¡Mordida, mordida!(ソカロ、メキシコシティ、1999年12月31日〜2000年1月1日)
[解説]メキシコシティのソカロ(中心広場)でミレニアムが始まるとき、自転車用のヘルメットと赤いグローブをつけて、1時間以上数段重ねのケーキに頭をぶつけて、形がなくなるまでグチャグチャにしたパフォーマンス。このアクションの間、周囲の人たちは「モルディーダ!モルディーダ!(※)」と叫び、それらの様子は広場の真ん中にあるスクリーンと世界の異なる都市のテレビでリアルタイ ムに映し出された。
※メキシコの誕生日ではろうそくの火を消した後、モルディーダ!と周囲の人が叫び、誕生日の人は後頭部を押されて、顔をケーキに押し付けられるというのがお決まりになっている。
ロベルト・デ・ラ・トーレ《FOR SALE_アーキテクチュアル・インターベンション in 京都》
Roberto de la Torre, FOR SALE_Architectural Interventions in Kyoto(ギャラリーISSIS・メキシコアートフェスティバル、京都、2002)
[解説]三角形の色とりどりのペナントをメキシコから日本へ輸送することから成るプロジェクト。それらはアパートから寺など、京都のさまざまなタイプ の建物に設置された。これらぺナントはメキシコおよび様々な国で住宅やアパート、車が販売中や賃貸中であることを示すために使われている。
ロベルト・デ・ラ・トーレ《アップルズ、ブレイキング・サイレンス》
Roberto de la Torre, Apples, Breaking Silence(第11回インナースペースフェスティバル、インナースペースマルチメディア現代美術センター、ポーランド、2003)
[解説]ポーランド北部のポズナン市で行われた「暴力」をテーマとするアートフェスティバルで行ったパフォーマンス。ギャラリー内に長方形のテーブルを設置し、黒いテーブルクロスの上に食器セットとたくさんのリンゴ(リンゴはポーランドで最も一般的に食べられている果物)を置いて、ゆっくりとテーブルクロスを引っぱりながらテーブルの下から上へとひと回りした。
19concretoとセントロ・エコディアロゴ大学による共同プロジェクト「クリエイションと自然のダイアローグ」
19 concreto, Dialogos entre Creatividad Humana y Naturaleza(ベラクルス州ハラッパ市、メキシコ、2011)
[解説]ハラッパ市のパルマ湖周辺の環境保全と地域の人々のエコリテラシーを高めることを目的とした地元大学との共同プロジェクト。2010年から続いてきたこの プロジェクトでは、小学校や地域でののディスカッションやワークショップを通じて、人々の間のコミュニケーションや情報共有が頻繁に起こった。その成果と して、場所に対してセンシティブになり、湖を守るための非営利団体ができたり、ユリを使った工芸品が生まれたり、地域で何が起こってるかを知らせる新聞が 発行されるようになった。http://eco-dialogos.blogspot.mx
All Photos:Roberto de la Torre, 19 concreto
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インタビューを終えて
自身がインストールしようとしている作品のコンテクストをどこまでも知覚しようとしているロベルトのインターベンションには、遊びと、過激さとは違 うインパクトがあります。それは、アートからしか受け取れないような種類の、とても幸福な刺激だと思います。
また、その場に関わる人々の行為を大いに予測し、それらの人々により即興的に付加されていく物語を受け容れていくような彼のインスタレーション、プロジェクトと、パフォーマンスから出発した彼のキャリアとの関係についても興味深いところです。
これについては何らかの機会に翻訳を紹介できたらと思っています。
*この記事は以下のカタログ、インタビューを参照しました。
●カタログ『_de la mordida al camello/Roberto de la Torre[selected works2002_2005]』(Editorial Diamantina出版、2007)
●ロレーナ・オロスコによるメールインタビュー(2012年3月30日)