Dialogue Tour 2010

第4回:CAAK Lecture 35 中崎透「遊戯室について」@CAAK[ディスカッション]

中崎透/鷲田めるろ2010年10月15日号

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東京との中途半端な近さ

会場──都市のスケールや大都市との距離のことを考えると、たしかに水戸はスタンスが難しいですよね。東京から青森へいけば、ほぼ泊まらざるを得ないから、滞在時間が長くなる。水戸であれば日帰りができてしまう。そのなかでこういうスペースをやるときの戦略を聞きたいです。
 もうひとつ、ここ数年のうちに、日本各地のアートプロジェクトをとおして多くの若いアーティストが日々移動しているという状況と、こうした場をつくるプロジェクトの関係性についてお話いただけますか。

中崎──さきほどもお話しましたが、水戸芸術館の存在はやはり大きいですね。現代美術に興味があるアーティストやキュレーターが前提になりますが、現代美術の展覧会をやる限り、水戸に定期的に来る人がある程度いるので、なにかをやろうとするとき、なにもない場所に比べて有利ではありますね。そして僕らはこたつと台所と風呂と布団を持っているので、予定がないヤツがいたらその場で落としてくみたいな(笑)。あと、水戸芸に展示しに来る作家が徐々に同世代になってきていて、滞在して制作しているときに話をしていると、キワマリ荘にいる子とも仲良くなるとか、そういう関係のつくり方はおもしろいですね。お客さんも含めて、ある地元のコミュニティに接続することでその場所に愛着が湧いて、また来るきっかけになるとか。
 東京との距離については、無理に対抗しようとしないで乗っていこうというスタンスですかね。たとえば、水戸で会う美術に興味を持った大学生にはどんどん東京行ったらいいよって言っています。茨城の地元の大学は先生や公務員を目指すような学生がわりと多くて、就職でわざわざ東京に行くことはそんなに多くなさそうだけど、顔見知りになったアーティストの展覧会を観るという口実で東京に行くようになるのはいいなあと思います。水戸に美大生が遊びに来ると大学生同士が仲良くなったりして、水戸に美大はないので、そこで刺激を受けて、さらにほかの場所へ行ってみるという影響の受け方って大切ですよね。あまりうまく言えていませんが中途半端な近さにも、見ようによっては、その良さというのがなにかあるような気がしています。


CAAKでのトーク風景

作家同士のネットワーク/移動するアーティスト

中崎──ふたつ目の質問に関しては、若いアーティストの移動というのは、僕もたぶんその渦中にいると思うのでわかります。そういう状況はたしかにあると思います。僕なりに付け加えると、移動しながら土地に縛られない作家同士のコミュニティやネットワークが形成・継続されているイメージを持ってます。それはもちろん、もっと昔からあったことなのかもしれません。ただ、それは大学ごとの先輩後輩、サークルなどの関係が、卒業後の学外の現場にも延長してくことがほとんどだったのではないかと思っています。実際、地域アートプロジェクトが増えたり、ネットワークツールの発達だったり、ほかにもいろいろ理由はあるのだと思いますが、最近のネットワークの交わりと広がり方のスピードは、なんだか根っこの部分でなにかが変化してきているのかもなあと感じています。
 僕が大学を出た頃は、近い世代の作家と知り合う機会は、銀座の貸しギャラリーのグループ展とか、コンペの搬入くらいしかなかったです。もっと上の世代であれば、美術館でのグループ展や、海外のレジデンスでしょうか。いまでも、国際芸術センター青森(ACAC)や、秋吉台国際芸術村、ARCUSだったり、規模の大きなレジデンスの場所でも、国内だと日本人枠は一人であとは海外のアーティストだったりするので、同世代の日本人作家と会うことはあまりなさそうです。
 ただ、ご指摘のように出自が違う同世代の変なことをしている人と一緒にやる現場は、ここ数年のあいだにだいぶ増えてきていると思います。それはいわゆる地域振興系のアートプロジェクトで、大規模なものでは妻有が先駆けと言えると思いますが、そういう現場が増えてきて、大学から知っているアーティストとは全然違う人と出会って一緒にしばらく生活したりして、そうやってできていく人脈はおもしろいなと思います。個人的な体験でいうと、2006年頃に青森の商店街活性的なプロジェクトの一環で、2カ月くらい青森市で滞在制作をしたことがあって、お金はほとんど出ませんでしたが、その間、同世代の作家の人たちと暮らしていて、すごくいい経験になりました。大学を卒業した後に、同世代の作家たちと一緒に長い時間を過ごす機会はあまりないですからね。広島アートプロジェクトのときにもそれは感じましたね。そういったところで始まった人間関係って意外と重要で、制作にも影響を与えることがあります。そこをきっかけに実際に仕事が始まることもあります。遠藤一郎君とかがやっていた別府の「わくわく混浴アパートメント」を観に行ったときも、共同生活をしていることでアーティストのネットワークがシャッフルされたり、繋がったりする現場感があって、作品や展覧会自体とはちょっと違う機能みたいなものを感じました。
 質問の答に戻りますが、アーティストが移動するとき、作品をつくるということ以上に、場がハブとなって、そこではすぐに見えてこない関係とかコミュニケーションが生まれて、後からアーティスト自身の思考や制作、作品に影響していくことはたぶんあるだろうなとこのところ強く感じています。CAAKとか遊戯室みたいに、移動するアーティストの止まり木というかハブや受け皿となるような機能を持つスペースが、いろんな場所にその需要に応えるようにできてきている状況がおもしろいですね。

[2010年8月28日(土)、金沢、CAAKにて]

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  • Dialogue Tour 2010とは

中崎透

1976年茨城県生まれ。美術家。武蔵野美術大学大学院造形研究科博士後期課程満期単位取得退学。現在、茨城県水戸市を拠点に活動。言葉やイメージと...

鷲田めるろ

1973年生まれ。キュレーター。元金沢21世紀美術館キュレーター(1999年〜2018年)。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館...