「方丈」とは、一辺が一丈(約3メートル)の正方形を指し、同寸法の小さな室内空間を表す言葉です。鴨長明の『方丈記』では、彼が晩年を過ごした簡素な庵を指し、仏典『維摩経』においては、狭い室内に無数の菩薩や修行者を招き入れる場面が描かれています。このように、「方丈」は限られた空間でありながら、広がりや可能性を秘めたものという考えが示されています。

今回の個展で発表する作品群は、私がほぼ方丈と同寸法の四畳半ほどの作業場で制作したものです。私はこの小さな部屋の中で思考を巡らせ、手を動かしながら、漆という素材と向き合ってきました。 展示される作品には、主に波や山といった自然のモチーフ、そして自身の身体を題材にしたものが並びます。

かつて人々は、手に入れることのできない山や川、海といった自然を、襖絵や掛け軸、工芸品に写し取り、室内に取り込んできました。今回の作品もまた、小さな波のパネルなどを通じて、自然の広がりを限られた空間の中に映し出しています。一方で、制作という静かな時間の中で生まれた作品には、内観の感覚も宿り、この内省的な視点は、やがて自身の身体をモチーフとした作品へとつながっています。

本展のタイトル「方丈のまどを開く」は、こうした内なる制作の場から、展示を通じて他者と交わる場へと移行することを示しています。作品は小さな部屋の中で生まれましたが、展示という「まど」を開くことで、新たな視点や解釈が加わり、外の世界との対話が生まれます。その空気を会場で感じていただければ幸いです。