前衛書から墨による抽象絵画表現を探求し続けていた篠田桃紅にとって、1956年から約2年間の渡米は、独自の抽象のかたちを見出す大きな転機となりました。日本の前衛書と欧米の抽象芸術が響き合い、芸術家たちが新しい表現を求める時代に、桃紅の水墨は高い評価を獲得したのです。しかし自らのかたちを手中にした一方で、墨や日本独特の風土と文化が、自身にとって必然的なものであることを再認識します。帰国し70年代に入ると、桃紅の内にあった日本の伝統や美が、研ぎ澄まされたかたちとなって作品に立ち現れるようになります。そのなかでも金や銀は抑制された水墨の作品とは異なり、洗練された装飾性を湛え、その上に描かれた墨線はより一層表情が豊かになり、時を経て移ろいながら深みを増していく銀の姿は、優美で繊細な日本の美意識を感じさせます。金や移ろいやすい銀を使うことで、光や時間を取り込むといった試みをしつつ、独自の表現を創造し続けていきました。
本展では、墨の濃淡に金や銀を用いて多様な表現を試みた作品を紹介します。