何をフロンティアとし、
        何を求めたのか———
 昭和への改元に際し、元号の出典は「百姓昭明、協和万邦」とされ、諸外国との協和が唱えられていました。当時の日本人は欧米諸国にならい、未踏の地や未知の領域=フロンティアを目指し、対外進出や軍事を中心とした先端技術の開発を進めました。しかし、日本は第二次世界大戦に敗れ、占領下で軍事技術の開発などを制限されました。
 昭和27 年、日本の占領が終わりを告げ、自ら再び広大な世界に向き合った時に、日本人は何をフロンティアとし、そこに何を求めたのか。昭和100 年を迎えた現在、技術の発達やインターネットの普及によって「未知」が減少し、フロンティア探求のモチベーションも低下している中、南極・深海・宇宙という未知の領域に対して昭和の日本人が挑んだ姿を、当館所蔵資料を通じてご紹介します。
 昭和の日本人のフロンティア・スピリットから、混迷する現代を生き抜く明日への活力を再発見してください。