長谷部鋭吉(1885-1960)は、大正から昭和にかけての関西を代表する建築家のひとりです。東京帝国大学に学んだ長谷部は、住友本店臨時建築部で「住友ビルディング」(1930年)の設計に携わったのち、同僚の竹腰健造とともに長谷部竹腰建築事務所を立ち上げ、現在の日建設計の基礎を築きました。
 長谷部は、住友ビルディングで担当したファサードをはじめ、住友家が収集した銅器の収蔵庫である「泉屋博古館」(1936年、旧館・1929年)、「宇治電ビルディング」(1937年)、「カトリック芦屋教会」(1953年)などにみられる卓越したデザイン力で知られています。同時に、その温厚な人柄から多くの建築家に慕われた人物でもありました。長谷部は自身のカトリック信仰から、戦後の困難な時期に自宅の離れを教会堂として提供するという、「隣人愛」を体現したエピソードも残しています。
 村野藤吾(1891-1984)も、長谷部を深く敬愛した建築家のひとりです。村野は自らの住まいを宝塚の長谷部邸の隣に構え、文字通りの「隣人」として交流を育みました。また、村野は、長谷部の遺志を継ぐ形で「宝塚カトリック教会」(1965年)を設計しました。
 長谷部は学生時代から徹底して手を動かす人物でした。図面が真っ黒になるまで構想を重ねたと伝えられ、その姿勢は晩年に至るまで変わることはありませんでした。2025年に京都工芸繊維大学美術工芸資料館が寄贈を受けた長谷部のスケッチブックには、建築のみならずレリーフの意匠やタペストリーにまで思考を巡らせた跡が残されており、その創造の幅広さと探求心を物語っています。
 本展では、これらのスケッチブックを中心に、当館が所蔵する村野藤吾資料などを交えて、長谷部が携わった建築作品、彼の人柄を示す記録、さらに村野藤吾との交流を紹介します。静かな筆致に宿る長谷部鋭吉の深い思索と温かさに触れていただければ幸いです。