フォーカス
現代グローバル社会の混沌と快楽のダークファンタジー──アメリカ現代美術の祭典 第76回ホイットニー美術館バイエニアル展
梁瀬薫
2012年04月01日号
経済危機、就職難、飢饉、汚染、戦争、サイバーテロから校内暴力、ドラッグまで、私たちの社会には抱えきれないほどの問題は存在し、いまや一国だけにとどまらず、程度の差はあるにせよ、世界に共通する問題となっている。現代アートはこの社会の日常のなかで、視覚メディア、建築、音楽などあらゆる媒体を通して表現され続けているが、バイエニアルではアートがどう社会と結び付き、なぜ生活のなかに必要なのか、を観賞者に問いかけている。答えが見つかるかどうかは別として。
Whitney Biennial 2012
2012年3月1日〜5月27日まで
Whitney Museum of American Art
http://whitney.org/
ホイットニー美術館で2年に一度開催されるバイエニアル展は、1932年から続いているアートの祭典ともえる一大イベントだ。国際展とは違い、アメリカの現代美術に焦点を当てた展覧会で、国内における新進作家と影響力のあるアーティストたちが選ばれる。選出される作家は基本的にアメリカに居住しているか、海外で活動していてもアメリカ国籍を持っている作家が対象となる。「アメリカ美術」といっても、国籍はさまざまだ。作家選考と展覧会準備は開催2年前から始まる。キュレーターは全米中を疾走することになる。バイエニアル展といえばマルチメディアやインスタレーションなどを駆使し、現代社会の声を生で反映させたようなテーマのしっかりした作品が印象的だが、本年度は51名のアーティストとグループが選ばれており、美術だけでなく、音楽、ダンス、パフォーマンス、フィルム映像作品がこれまでになく、重要な位置を占めている。映像とビデオ作品は全部で15作品が公開される。見どころは、音楽バンドのソニック・ユースのアルバムジャケットをはじめ、パフォーマンス、ぬいぐるみの彫刻など多彩な表現でアメリカ現代美術界に多大な影響を与えたマイク・ケリー(1954-2012)の作品やアンダーグラウンド映画では最もポピュラーなジョージ・クッチャーの貴重な映像作品だ。また4階の会場には50メートルプールの大きさはある(6千平方フィート)巨大なパフォーマンス・スペースが初めて設置された。ここでは独特な振り付けで知られるベテラン・ダンサー、サラ・マイケルソン(イギリス出身)の公演を皮切りに、コンサート、演劇、その他大・小のイベントが繰り広げられる。展覧会キュレーターのエリザベス・サスマンとジェイ・サンダースは今回のような展覧会構成に次のような声明を述べている。「即時に体験するアートを通じて、時の流れを検証することこそがホイットニー・バイエニアルだ。ビジュアル・アートと異なる分野の芸術との接点、関係を繋ぐのはキュレーターとして大切な役割だ。多くのアーティストは研究者であり、またキュレーターなのだ。彼らは美術史を絵で描き、デザインし、ダンスと音楽とテクノロジーで表現する。アーティストは常に、アートとは何か、どうあるべきかを再定義しているが、バイエニアルはまさにその結果にほかならない」。彼らの言うように、本年度の展示作品はパフォーマンスも含め、確かにあらゆる意味で多くの要素と素材が混成したハイブリッドなフォルムが形成されている。