フォーカス
現代グローバル社会の混沌と快楽のダークファンタジー──アメリカ現代美術の祭典 第76回ホイットニー美術館バイエニアル展
梁瀬薫
2012年04月01日号
素材の可能性、日常のなかに潜む恐怖、空間の再利用をアートを通して表現
ここで、今展で印象的だった作品をいくつか紹介しよう。
若干31歳のサム・ルウィットの床に置かれた作品は特殊素材をうまく使った例である。フェロフルイッドという磁性流体を素材に使った不可思議な動きを見せる。床の上でタールのような液体の塊が割れたり、再生したりする。磁石液は茶褐色で、大地で起こりうる変化を漠然と想像させるという機能も備えた空間だ。
彫刻作品として展覧会入口の会場一杯に設置されたオスカー・トゥアゾンの建築空間は、梁や柱によりキューブに仕切られた小部屋の集まりで、時空間を再考させる作品だ。パフォーマーのK8ハーディーのファッションショーの舞台としても起用される。
パフォーマーで、フィルム制作者のウー・ツアングの『ワイルドネス』はロサンジェルスの異国からの性同一性障害者たちが集う「シルバープラター」というバーのドキュメンタリーだが、キッチュなインスタレーション作品も含め、セクシュアリティーと社会をテーマにしながら非現実的な世界を映しだした。
絵画作品ではニコル・アイゼンマン(1965年フランス出身。NY在住)の人物画のシリーズが注目を集めていた。描かれた顔はポートレイト特有のアイデンティティを主張するものではなく、どちらかというと子どもの描いた絵のような無邪気な表情が特徴的だ。抽象的で、色の違いや表情によって顔は際限のないストーリーを彷彿とさせ、理由なく引き込まれてしまう。
多くのコラボレーションのなかでも興味深かったのは、ジゼル・ヴィエンヌ、デニス・クーパー、スティーブン・オーマリー、ピーター・レバーグのインスタレーション。ドローイングが壁紙の部屋の隅でマネキンの少年がパペットと対話する、という設定。人形が「……ちょっと待ってよ、話を聞いてよ、君の助けが必要なんだ……」としゃべりだす。対話の内容より少年の孤独感とヒットラーの紋章を上着に付けた人形の表情だけで、もう充分だ。
同じようにサイト・スペシフィックなインスタレーションを展開したケイト・レヴァント(1983年シカゴ出身)の鳥のいる状況劇場のような空間もユニークだった。テレビスクリーンを中心にしてあらゆる素材が配置され、自然とテクノロジー、物質と空間のかかわりを個人的なストーリー展開で見せた。
今回のバイエニアルは、ますます複雑で不確かな、そして混沌とした現代社会におけるあいまいさ、ダークファンタジーといった印象を全体的には覚えたが、奇妙な感覚と割り切れなさが鑑賞後即時の感想だ。