2019年09月15日号
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フォーカス

オランダ:「水と空間」というデザイン市場

笠真希

2012年06月01日号

 水の国オランダでは、いま、建築・都市デザイン・ランドスケープの分野において、「水に空間を与える」という共通した新しい動きが発生している。これまでは排除すべき存在としてとらえられていた水を積極的にデザインに取り込み、新しい空間を提案してその魅力を高めていく。向かい風を追い風に変えていくその発想力に、オランダの強さがある。

水に空間を与える──3段階ストラテジーの導入

 1990年代には、建築メディアの一角を担ったオランダだったが、新規住宅プログラムVINEXの建設が40万戸を突破した後、住宅需要の頭打ちとリーマンショックの影響で、条件の悪いプロジェクトは頓挫し、多くの新規プロジェクトは中止に追い込まれた。これにより20世紀を通じて行なわれた公共主導の住宅政策は終焉を迎え、建設業界は未曾有の不景気に陥った。
 これら住宅プロジェクトに替わり台頭してきたのが、気候変動に関わるテーマ、特に「水」に関わるデザイン市場である。むろん、エネルギーやモビリティの話も行なわれているが、現在でも堤防がなければ国土の約半分が水に沈むオランダでは、海水面上昇への対策をより切実に考えざるをえない。加えて、降雨量は日本の半分だが、集中豪雨や干ばつといった問題もあり、それらへの対策も同時に取らねばならない。こういった状況を背景に、建築から国土計画までのスケールにわたって、水を中心にすえた空間像の提案が活発になってきている。
 一般的に知られるように、オランダは河口の沼地を干拓することで国土を広げてきた国だ。干拓地を囲む堤防の管理・水位の人為的な制御には、莫大な費用と労力が投じられており、技術も社会制度もその分発達している。そうした背景から、オランダ人は「水はコントロール可能」という意識を強くもっている。以前はいかに水を排除するかに専念してきたこの国で、住宅政策がかげりを見せ始めた頃から、「水に空間を与える」という言葉を頻繁に聞くようになった。都市化による市街地からの雨水の排水量・ヨーロッパ各国からの雪解け水が加わる河川流量、また気候変動による集中豪雨の発生数・海水位のすべてが上昇傾向にあり、それに対して国内で14,000kmに及ぶ堤防のすべてを、より高く、より強固に改良し続けることは現実的ではない。それならば堤防内外で水に空間を与え、水の許容量を増やすことで乗り切ろうという発想が生まれたのである。この方向転換により、空間の計画に携わる者にとって、水は重要な要素となった。この流れを受け、2000年には国の機関である「21世紀における水管理委員会」が、洪水の防止や気候変動への対応のためには、水のためにより広い空間が必要であるとし、3段階ストラテジーと呼ばれる優先順位「1(その場に)留める、2(違う場所で)貯める、3(最後に)排水する」を提唱した(fig.1)。例えば、「留める」ために浸透エリアを、「貯める」ために貯水池を設ける。そうすることで一時水をとどめて急激な流出を押さえ、洪水を抑制することができる。加えて、干ばつの際の用水利用、地下水の涵養やヒートアイランドの低減、生態系の回復へつなげることが可能である。こうした方法は、日本でも取り入れられている。


fig.1 3段階の優先順位[出典: Anders omgaan met water, Waterbeleid voor de 21e eeuw]

 また世界でも、持続可能な水システムが重要視されるようになり始め、水の利用や質に対しての意識の向上や水の魅力をアピールする手段として、これまで地下で処理してきた水の流れを開渠にするなど、水を可視化する方向へと向かっている。オランダは、もともと水のある風景に恵まれており、加えて、空間デザインを重視する国でもある。「水」をひとつのデザイン要素とし、見える形で空間の魅力につなげていこう、という考え方は、当然のように受け入れられていった。

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