フォーカス

オランダ:「水と空間」というデザイン市場

笠真希

2012年06月01日号

地域計画・ランドスケープ:川のための空間

 その流れで発生したプロジェクトをスケール別にいくつか紹介したい。まずは、地域計画スケールの政策「川のための空間(ruimte voor de rivier)」が挙げられる。これまで、河川の流路は段階的に狭められ、固定されてきたが、流量の許容量を増加させるために、堤防間の拡幅・迂回路の設置・河床の二段階化などの提案がなされている。現在30に及ぶプロジェクトが実行中である(fig.2)。しかし、世界でも高い人口密度を抱え、土地利用をめぐる激しい競合が起こるオランダでは、土地を洪水抑制のためだけに割く余裕はない。そこで、洪水の懸念の少ない時期に堤防の外側を多目的に利用する案が考えられるようになった。その考え方は、土地利用計画や河川敷のランドスケープ計画、また仮に水位が上昇しても人的被害の出ない建築の在り方の提案などにまで波及していった。


fig.2 現在法定計画が縦覧中のモニケンランドの現状と完成予想図
[出典:Integrale Planstudie Munnikenland, Inrichtingsplan, Waterschap Rivierenland and Royal Haskoning(2009)]

 一方、堤防の内側についても、これまで陸地だったところを湖あるいは浸水可能エリアにする計画が始まっている。このようなエリアは氾濫原や湿地として、積極的に生態系の育成エリアにしたり、ダメージを与えない範囲で自然に親しむ場として利用したりすることなどが、ランドスケープや地域計画に盛り込まれている。北部で建設中の気候バッファーといわれる浸水エリア、オンランデン(Onlanden)は、今年1月の長期にわたる降雨のために初めて利用されたが、実際に周囲の洪水を防ぐのに効果を挙げた。また、ポルダー(干拓地)の反対語であるオントポルダーという造語も生まれ、この方法では、一旦干拓した農地を水没させる必要があるため、最も有名なヘルトヒン・ヘドウィヒポルダー(Hertogin Hedwigepolder)計画では反対運動が起こり、政治的な議論にまでなっている。

都市デザイン:水の広場

 次に、都市スケールのプロジェクトを紹介しよう。これまで市街地では、「雨水は邪魔者であり、素早く排除すべき」という方針であった。しかし、前述の3段階の原則により、まず降った場所に留める、ということが優先されるようになった。加えて、オランダでは合流式下水道(住宅などからの生活汚水と雨水が同じパイプを流れる)をもつ旧市街地がいまだに多く、極端に降雨が集中すると容量オーバーとなり、未処理の汚水が川や湖に溢れるという問題を抱えている。そのため、雨水を汚水とは別に排水する、いわゆる分流式下水道への移行も推進されている。その際、可能な限り降った場所で雨水を貯留、浸透あるいは蒸発させ、流出する量を低減し、最終的に排水するとしても時間をおいて速度を落とすということが空間デザインにも求められている。そのための一般的な手段に、屋上緑化や保水・浸透可能な舗装材の利用などが挙げられるが、オランダでは「水の広場」と呼ばれる新しい手法が都市デザイン事務所アーバニステンから提案された(fig.3)。これは都市部で、低い地点や建物の谷間など周りからの雨水が集中する場所を選び、広場として一部を掘り下げることで、降雨後の一時期、池が出現するものである。それにより、晴天時・降雨時・降雨後で使い方が変わる。またワディとよばれる線状の緑地も多く導入され、雨が一時期水面をつくるが、浸透・蒸発後は遊び場となる。




fig.3 ロッテルダムに計画中のベンセム広場(Watersquare Benthemplein)[デザイン:De Urbanisten

建築:フローティング/アンフィビオス住宅

 最後に、建築スケールのプロジェクトを見てみよう。建築の分野でも多くの提案がなされているが、大きくは、フローティングとアンフィビオス(水陸両生)という2つのカテゴリーに分かれている。ひとつ目のカテゴリーに属するフローティング住宅は、その名のとおり水に浮かぶ建築で、水位の変動に合わせることができ、すでに幾つかのプロジェクトが実現されている。この形式のもうひとつの利点、移動性を活かすためには、インフラストラクチャーに新しい考え方が必要となる。その点も考慮して設計されたロッテルダムのフローティング・パビリオンは太陽光発電や自然光の取り入れなどのほか、トイレの汚水の処理施設を自ら備え、外部からの供給が必要なのは基本的に飲料水と不足分の電気だけとなっている(fig.4)。
 一方のアンフィビオス住宅は、土地が乾いた状態・浸水した状態双方に対応するように設計された住宅である。一階部分を浸水に耐えられる用途あるいは構造にし、湿性植物に囲まれた季節ごとに変わる水の景色を魅力とする住宅が提案されている(fig.5)。洪水防止を「乾いた足を保つ」と表現するオランダでは、これまで季節ごとに一定の水位を保つことを基本としてきた。よって水位の変動の受け入れは発想の転換であり、「足がぬれる」ことを前提とする建築デザインへの取り組みは画期的なことである。いまではこのアイディアで、一冊の本『オランダの水の住宅(Waterwonen in Nederland)』が出版され、また、子どものための建築のイベント「アーキ・キッズ」(fig.6)のテーマにもなるなど、この考え方は広く一般に普及してきている。


fig.4 フローティング・パビリオン[デザイン:DeltaSync and Public Domain Architecture]


fig.5 H2O住宅(H2O wonen)[デザイン:DEFACTO architecture




fig.6 子どものための建築イベント アーキ・キッズ[出典:Archikidz Rotterdam


 そして、オランダのデザイン力の更なる強さは、この新しい提案を「輸出産業」と認識している点にある。実際に世界の多くの都市が水辺に立地しており、市場の大きさは容易に想像できるだろう。建築、都市デザイン、ランドスケープ、土木などの分野で、水のためのデザインで世界に打って出ようという姿勢が、今後注目される。

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