フォーカス

ロンドン・オリンピックと英国デザインの過去・現在・未来

竹内有子

2012年09月01日号

 2012年夏の英国では、大きなイベントが目白押しだった。エリザベス女王即位60周年祝賀式典「ダイヤモンド・ジュビリー」に続き、オリンピックにパラリンピック。特にこの五輪開催を記念し、興味深いデザイン展覧会がロンドンで開かれたので、そのなかからいくつかご紹介しよう。

英国のデザイン:過去と現在

British Design 1948-2012: Innovation in the Modern Age
会期:2012年3月31日〜8月12日
会場:ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館
http://www.vam.ac.uk/content/exhibitions/exhibition-british-design/


図1:「British Design 1948-2012: Innovation in the Modern Age」展パンフレット


 オリンピックの開幕式と閉幕式を見て、英国の「英国らしさ」とは何かについて再考された方も多かろう。映画監督ダニー・ボイルが演出を行なった開幕式では、伝統的な緑なす田園風景から始まり、世界に先駆けた産業革命による繁栄とその裏側、新しい制度・社会・文化の創生、そしてその先の未来へと物語が紡がれた。かわって閉会式は、ポップ音楽とファッションを中心に、革新性に満ちた英国文化に照明があてられた。
 この五輪式典の演出内容とのオーバーラップを感じさせた展覧会が、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(以下、V&A)で行なわれた「British Design 1948-2012」展だ。1948年、大戦後間もない厳しい時代にロンドンは五輪のホスト国を務めた。そして2012年、再び五輪開催の時を迎える。本展は、この変化に富んだ60年以上の期間にわたる英国のデザイナーたちの営為を、社会文化・経済・政治的な広い文脈から検討したものだ。建築・製品・美術・ファッション・音楽・写真・思想等による多くの事象を手がかりに時代の変遷を考察し、どのように今日の世界が創り上げられてきたかについて観者に語りかける。よって、展観される対象は非常に幅広く、「アートとデザイン」の美術館を標榜するV&Aならではの、実に総合的な展覧会であった。
 会場は、①「伝統と現代性」、②「破壊」、③「革新と創造性」のテーマにより、三部で構成される。第一部では、戦後から70年代までのデザインに内包された、田園や王室に象徴されるような古い伝統的な価値観と、現代的変革に繋がる新しい価値観のあいだの緊張関係が示されている。第二部は、ポップ・アートや若者文化に代表されるような、新しい世代の台頭および既存の諸価値を破壊しようとする革新的精神を追究する。世界の最先端だった「スウィンギング・ロンドン」の60年代から、70年代のパンク、90年代の「クール・ブリタニア」と呼ばれたヤング・ブリティシュ・アーティストやファッション・デザイナーまでが扱われる。現代英国デザインの創造性の原点を見るようで飽きない。かわって第三部では、60年代から現在までの工学や新技術を焦点化、インダストリアル・デザインと建築が主眼とされている。この期間、最も際立っていたのは建築の分野。リチャード・ロジャースやノーマン・フォスターから、オリンピックの水泳競技会場《アクアティクス・センター》を設計したザハ・ハディドらにわたるライン・ナップを見れば説得力があろう。300を超える展示品を通覧して、英国デザインのアイデンティティを措定できたかといえば、そうではない。ここでは引用で締めくくりたい。「英国的デザインなるものはない、ただ英国のデザインがあるだけだ」(デザイン・ミュージアム、2009年)


スポーツとデザイン

Designed to Win
会期:2012年7月26日〜11月18日
会場:デザイン・ミュージアム
http://designmuseum.org/exhibitions/2012/designed-to-win/


図2:「Designed to Win」展会場風景[筆者撮影]

 一方、英国を本拠地とするデザイナーの仕事には限らないが、ずばりスポーツとデザインの関係性に特化した内容だったのが、デザイン・ミュージアムの「Designed to Win」展。スポーツ用具の手袋やランニング・シューズから、競技用自転車、F1カーまで展示されている。勝利を導くために、スポーツ用具の技術/機能/素材の革新・改良がいかに図られてきたかを軸に、デザインとスポーツをめぐる多面的、さらには双方向的な諸関係を探求している。以下の4つのセクション、①速度・力のパフォーマンスを高めるためのデザイン、②アスリートの安全・トレーニング等の保全に寄与するデザイン、③スポーツとファッション、④スポーツのデザインが提示する論争(例えば、「技術的ドーピング」と称されるような、競技者に不公平をもたらす水着デザイン等の問題について)が用意されていた。惜しむらくは、展示が小規模でエンターテイメント性が重視されている様子だったこと。切り口が面白かっただけに、もっと豊富な解説や事例が示されていればなおよかった。

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