フォーカス

ロンドン・オリンピックと英国デザインの過去・現在・未来

竹内有子

2012年09月01日号

英国のデザイン:未来に向かって

Heatherwick Studio: Designing the Extraordinary
会期:2012年5月31日〜9月30日
会場:ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館
http://www.vam.ac.uk/content/exhibitions/heatherwick-studio/


図3:「Heatherwick Studio: Designing the Extraordinary」展の会場V&Aの正面入口。ヘザウィック・スタジオによる天蓋が特設された[筆者撮影]

 さて、英国デザインの現在のみならず、未来形までも予感させたのが、いま英国で最も注目を集める旬なデザイナー/トーマス・ヘザウィック率いるスタジオ初の個展、「Heatherwick Studio」展(V&A)。ヘザウィックという名に心当たりがなくても、「ロンドン・オリンピックの聖火台」のデザインと言われれば、誰しもすぐそれと気づくだろう。本展には、94年にスタジオが設立されて以来20年にわたるデザイン・プロジェクトの営為──建築から製品・彫刻・都市開発までに至る──が展示されている。デザインの発想源・模型・実際に使われた素材と加工の過程・映像等を見ることによって、彼のチームがいかに好奇心に溢れる実験を繰り返し、プロジェクトを実現させていったか、その現場に立ち会っている気分になれる。
 子どもの頃からものづくりのアイディアと機能・問題解決に興味があった彼は、二つの大学でデザインを学ぶ過程で、コンクリートと金属の鋳造や溶接、レンガ積み、ガラス吹き、指物、刺繍や宝石づくり等、広く実地経験を積み、「素材」自体を徹底的に理解するに至る。そして、王立美術大学で学びを得た結果、「デザインを統一的」に捉えるようになったという。すなわちデザインとは、複数の領域──クラフトと、彫刻・建築・ファッション・刺繍・金工・ランドスケープそれぞれの職能というように──、厳密な区分によって考えられるべきではない。彼のデザインは、これらの枠に捉われない「三次元デザイン(three-dimensional design)」という単一の概念のもとになされるのである。これらの思考と経験は、現在のスタジオの仕事に大きく反映されている。



トーマス・ヘザウィック「種の聖殿」の建築


 ヘザウィック・スタジオは、工学・建築・クラフト・プロダクトデザインそれぞれの専門家の協働から成立し、既成概念を打ち破るデザインの数々を生み出す。チームは、意外性をもたらす素材・形態をいかに工学的に実現させるかについて探求を重ねている。そこには形の構成的な斬新さだけがあるのではない。光とテクスチュアの追求によって、感性的な美的表現が常に前者と両立している。ビデオをご覧いただくと展示されたプロジェクトの一部がわかるが、円形にくるまる可動橋、種子をアクリル棒に埋め込んだ「髪の毛型」建築、燃料コスト削減に加えドアを3つ付けて機能の改良を図った有機的形態のバス、環境と社会性へ配慮しつつ公共の場をもたせた発電所等々、どれも驚くべきデザインである。
 「ヘザウィック・スタジオ」展は、「伝統と革新」というような(いささか使い古された感がある)キーワードを超えたところにある観念を抱かせる。伝統を真に消化したうえで、ラディカルな破壊精神ではなく、しなやかなパワーでもって、型にはまった概念を捨て去り、よりよき未来を構想し続ける。それだからこそ、同スタジオのデザインは私たちに新鮮な感動をもたらすのであろう。


図4:V&A中庭に置かれた同スタジオの《Spun Chair》。老いも若きも「回転する椅子」に座り、喜びの声を上げていた[筆者撮影]


図5:会場入口。左に見えるのは、展覧会用リーフレットを配布するための機械。入場者は取っ手を回して、出てきたロール紙を切り取る[筆者撮影]

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