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「現代美術用語事典」のあゆみ──Ver.2、1,500語達成のお祝いにかえて

暮沢剛巳(美術評論、東京工科大学デザイン学部准教授)

2012年09月15日号

 artscapeの現代美術用語事典Ver.2β版、1,500語達成、おめでとうございます。数年前にこのβ版の話が持ち上がった際、1,500語が目標と聞いてそんなことが可能なのか半信半疑だったのですが、実際に達成したというのだから凄いことです。このβ版の前身に当たるVer.1の制作に深く関わったものとしても感慨を覚えずにはいられません。今回このような機会をいただいたので、まずはβ版の制作に関わった編集部や執筆者に敬意を表すると同時に現代美術用語事典の2つのヴァージョンについて自分なりの立場からコメントさせていただきたいと思います。

1998年──インターネットの美術事典、その可能性

 私が初めてartscape編集部から現代美術用語事典の構想を聞いたのは、1998年の春だったと記憶しています。Wikipediaなど数多くのサイトがある今日とは異なり、当時はインターネット上の美術事典なんてほんとどありませんでしたから、この新しいメディアにはおおいに可能性があるんじゃないかと期待したものです。オファーを快諾した私は、早速キーワードの選定と執筆に乗り出しました。またとにかく掲載語数を多くしたいという編集部の意向だったので、執筆者の数も多い方がいいと思い、いろいろなチャンネルを通じて、大学院生など若い人を中心に声をかけました。10年以上経った現在、彼(女)らの多くは現在では研究者や学芸員として第一線で活躍しており、このキーワード執筆がいい経験になったのではないかと自負しています。
 キーワードの選定や執筆に関しては、既存の美術事典などを参考にしつつ、最新の動向についても可能な限り言及することを意図しました。評価の定まっていない動向について具体的に述べるのはリスクもあるのですが、インターネットでなら後から修正可能だという気楽な思い込みがあったのかもしれません。また当初は1項目あたり400字前後で文字数を統一する予定だったのですが、さすがにこれは厳しくて、後に採録された項目は600字前後、長いものでは800字前後にまで増量することが多くなりました。活字では不可能なこうした方針の変更もネットならではですね。方針の変更といえば、狭義の現代美術に限らず、広く写真、映像、パフォーマンス、建築、デザインなどの項目を取りこんだこともそうです。
 こうして、1999年春に第一弾がアップされたVer.1は、その後数度の更新を通じて項目数が増えていきました。毎月多くのアクセスを記録し、またArtgeneにもコンテンツが提供されるなど、代表的なインターネット美術事典のひとつとして多くのビューア—に利用されているのは、執筆者の1人としておおいに誇らしく感じました。ただ、時間の経過とともにどうしても情報は古びてしまうし、自分の考え方も変化してしまう。記述の粗が気になることも徐々に増えてきました(これは私に限らず、多くの執筆者に共通する思いでしょう)。部分的な修正の機会が何度かあったとはいえ、この現代美術事典が本格的なリニューアルの必要な時期を迎えていたことは確かでしょう。その意味では、このβ版は実現されるべくして実現された企画といえます。

2012年──1,500ワードへ項目数倍増

 そろそろ具体的な比較に移っていきましょう。まず収録語数ですが、Ver.1がおよそ750語なのに対しVer.2は1,500語。単純に倍増したことになります。気になるのはその内訳ですが、Ver.1.では「運動・動向・様式」「美学・批評用語」「技法・方法論」「美術館・展覧会」「出来事・事件」「書物・雑誌」という6つのカテゴリーに分類されていたのが、Ver.2ではカテゴリーの数は10以上に増え、特定のジャンルに偏ることなく、全体的なヴォリュームアップが図られたことがわかります。傾向としては、Ver.1以降の現代美術の展開を踏まえ、最新動向に関わる用語が大きく増えたのはもちろん、Ver.1ではごく少数だった日本近代美術関連の用語が大きく増えたことも挙げられます。
 また個々の項目の記述に関しては、参考文献を明示するようになったのが大きな変化といえましょう。関連リンクはVer.1でもすでに張られていましたが、やはり参考文献が明示されていると記述の信頼性が格段に向上します。記述の内容に関しても、Ver.1に比べてより実証的で信頼できるように思われます。これは、原稿が確定する前に執筆者同士で意見を交わす過程を公開するというβ版特有の方針による部分も大きいのでしょう。執筆者の多くが若手であるのはVer.1のときと同様ですが、当時と比べても研究水準が向上し、また研究者の層も厚くなっている印象を受けます。
 もちろん、違和感がないわけではありません。1,500項目もある以上、避けがたかったのかと思いますが、やはり一番気になるのは項目の重複です。例えば「シチュアショニスト・インターナショナル」に関しては同名の映像作品も含めて3つもの項目が立っているし、「ポストモダニズム」に関しても思想、建築、デザインでそれぞれ別の項目が立っている。読めばそれぞれ独立した内容を持っていることがわかりますが、やはり読者が混乱する可能性は否めない。また何人か建築家の項目があり、この事典では人名の項目は設けないのではなかったのかという疑問が頭をもたげました。「スーパーフラット」や「マイクロポップ」等の項目がないのも気になります。もちろん、これは部外者の勝手な感想に過ぎず、これらの点も含めて、各執筆者の判断を尊重したいと思います。

Ver.2の醍醐味

 最後に個人的なことですが、Ver.1の執筆当時、私はまだ著書もなく、今後の方向性を探しあぐねている状態でした。言うなれば、Ver.1によってその後の活動の基礎がつくられたわけで、貴重なチャンスを与えてもらったことにおおいに感謝しています。それゆえこのVer.2にも一執筆者として関わることが考えられたのですが、迷った挙句辞退しました。Ver.1以降いくつか大きなキーワードの仕事が続き、さすがにもういいかなと思ったこともありますが、それ以上に、こういう仕事は、Ver.1のときの自分がそうであったように、若い人にチャンスを与えるべきだと思ったことが大きな理由です。それもあって、今回は10名以上の若手を編集部に推薦しました。彼(女)らの原稿を一通り読んでみましたが、それぞれ自分の専門領域を生かした充実した内容の原稿を書いていて、私の判断は間違いではなかったと思いました。事典といっても、コンパクトなものであれば1人ですべての項目を書いた方が統一感が生まれるでしょうが、Ver.2ほど大規模なものになると、やはり多くの執筆者がそれぞれ自分の専門領域の執筆を分担し、ときには意見がぶつかり合うくらいの方がいい。「集合知」こそ、Ver.2の醍醐味だと思います。

現代美術用語辞典 Ver.2.0β

URL=http://www.artscape.ne.jp/artwords_beta/

現代美術用語辞典 Ver.1.0

URL=http://artscape.jp/dictionary/modern/index.html