フォーカス

視覚表現の可能性とアートの無限性を見せた異質な展覧会二選

梁瀬薫

2013年02月01日号

 アメリカのメインストリームとはかけ離れた現実に潜むミステリアスでダークな世界と完成度を追う作品とインスタレーション。

現代映像芸術界の神格的存在
アートの領域を超え、暗闇に無限に広がるミステリアスなファンタジーの世界に屈服
Quay Brothers: On Deciphering the Pharmacist's Prescription for Lip-Reading Puppets

MoMA(ニューヨーク近代美術館)
http://www.moma.org/visit/calendar/exhibitions/1240
2012年8月12日〜2013年1月7日


Street of Crocodile 1986

 パペットを使ったストップモーション・アニメーション(コマ撮り)で、カルト的な人気と幅広い分野に多大な影響力を持つ、クエイ兄弟の初の回顧展が昨年夏から今年1月までニューヨーク近代美術館で開催され話題を集めた。昨今の3D画像やハイテクな効果を駆使した超現実的なポピュラーな映像作品とは異なり、ストップ・モーションには独特な時の流れがある。コマ撮りの独特なぎくしゃくとした動き、空間の暗さ、手づくり人形キャラクターと背景は、不気味な効果を生む。クエイ兄弟は1947年フィラデルフィア郊外のノリスタウンで生まれた一卵性双生児。名はティモシーとスティーブン。65年にフィラデルフィアの美術大学に入学し69年にはイギリスのロイヤル・アカデミーに入学。その後ロンドンで同窓のキース・グリフィスとコーエン・スタジオをオープン。86年『ストリート・オブ・クロコダイル』を発表し世界中から注目を集める。これはポーランドのユダヤ人作家ブルーノ・シュルツ(1892-1942)の短編集『肉桂色の店』の一遍『大鰐通り』を基盤とした映像で、陰鬱で退廃的な幻想の世界である。底のないダークな映像と完成度の高さは映像界に衝撃を与えたのだ。今展で披露された手づくりのデコア(セット)は、ミステリアスな人形たち(あるいはモンスター)が住む静寂なドールハウスの世界で、恐怖というより感傷的な印象を与える。錆びたオブジェ、身体の一部を切断された人形、くたびれたドレス、砂や鉄の素材感と錆び色。人形作家、写真家、グラフィックデザイナーでもあるドイツ人作家ハンス・ベルメールの作品を彷彿とさせる。同時に最近ヒットしたホラー映画『ザ・アウェイクニング』(ニック・マーフィー監督、2011)に出てくるドールハウスが頭を横切った。現実に起きていることがもうひとつの非現実の世界とクロスするのだ。
 クエイ兄弟はイラストレーターとしてブックデザインやレコードジャケットなども手がけているが、多種多様な広告作品群にも注目したい。特にTVコマーシャルは興味深い。ポップな日常ブランド商品が、兄弟独特のダーク・タッチで描写されるのだ。日常の一般的商業アートの規定があるとすれば、彼らのアートは対極の立ち位置にあるとするのが正論だろう。しかしエイズ・アウェアネスからMTV、ニコンのコマーシャルにまでクエイアートの手は伸び、その創造性によってあらゆる芸術の領域を超えようとている。


A Décor for the 1987 film “Rehearsals for Extinct Anatomies.”
Credit: Robert Barker, Cornell University


The Piano Tuner of Earthquakes. 2005. Germany/Great Britain/France. Directed by the Quay Brothers


Institute Benjamenta, or This Dream People Call Human Life. 1995. Great Britain/Japan/Germany. Directed by the Quay Brothers. Image courtesy of the Quay Brothers.


A Décor for “The Calligrapher” from 1991.
Credit: Librado Romero/The New York Times

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