フォーカス
考えるコピー・マシーン 夏星「四年」展
多田麻美
2014年02月01日号
タリン・サイモン「虐げられた人々」
マスメディアによる報道について考えるとき、つまりニュース記事が大量に複製され、散布される裏で多くの真実が抹殺され、無視され、隠ぺいされる社会の構造について考えるとき、同じ時期に北京のユーレンス現代アートセンター(UCCA)で行なわれていたタリン・サイモンの個展、「A Living Man Declared Dead and Other Chapters I-ⅩⅧ(邦題:虐げられた人々)」も実に示唆に富む。
この作品はアメリカ社会の秘められた暗部を暴露した「An American Index of the Hidden and Unfamiliar(アメリカのよく知られていない秘密の目録)」で印象的なデビューを果たした写真家のタリン・サイモンが、今度は「血脈」に注目し、世界のさまざまな事件に巻き込まれた家族の肖像写真を年齢、世代ごとに並べ、説明や関連写真を付したもの。2011年に発表された作品で、すでに欧米では展示や写真集の出版も行なわれているので詳細は省くが、選ばれた家系のなかには、タイトルにもなった、土地所有権争いのために、戸籍上存在しないことにされてしまったインドの家族、一夫多妻を容認するケニアで、ある医者が病気を治した代償に『支払われた』妻9人とその子どもや孫などが含まれた。
隠された真実を感じる
デビュー作や先回、北京の三影堂撮影芸術中心で展示された「無辜の者」シリーズも含め、サイモンの創作活動では「調査」がその8割を占めるとされる。事件の真相を自分なりのテーマに沿って追い求める態度は、夏星のそれとは対照的だ。だが本作でサイモンが取り上げた中国の家系は、中国国務院の新聞弁公室(略称:国新弁)によって「何の理由の説明もなく」、「中国を代表する」として一方的に選ばれた家系だった。中国側の慇懃無礼ともいえるよそよそしさはユーモアさえ感じさせるもの。関連する写真も、「入れることを強制された」中央テレビのタワーと、国新弁が自社製の記念品を入れて配った紙袋のみだった。
サイモン自身による作品をめぐる記述のなかで、国務院新聞弁公室はこう説明されている。「伝統的に、チベット、新疆、少数民族、人権、宗教、民主運動、そしてテロリズムなど、中国の媒体が論議を呼んでいる事件を報道するときは、すべて国新弁の指導を受けねばならない。こういった監督の職務範囲には中国に滞在している外国人記者、国外の中国研究、インターネットの監視も含まれる」。
他国での展示とは異なり、北京の会場では、本来肖像写真と関連写真の間に入るはずのサイモンの文章はすべて作者自身によって黒塗りにされ、その代わりに会場で任意に手に取れる冊子に盛り込まれた。また、北朝鮮 の韓国人拉致問題をめぐる作品も、あらかじめ作者の手ですべてが黒塗りにされていた。
冗談のような社会
社会事件の裏に隠れていること、その「不在」や「欠如」をどう表現するかについて、サイモンや夏星の作品はいずれも興味深い試みをしている。
夏星はインタビューのなかで、「描いている、というリアリティが感じられたとき以外は、自分がまるで『マシーン』のようだった」と述懐する。
「誰もがそれぞれ自分の仕事を丁寧にやっていれば、問題ははっきりとしてきて、問題から逃げることも目をそらすこともできないはず。それを回避しているというのは、新聞が社会に冗談を言っているようなもの。新聞から感じられる社会は真実ではない。現実との乖離がまるでジョークのようだ」。
そう苦笑しつつ、夏星は最後に「真実を知るための社会的実践からは、逃げたくなる人が多い」と、耳の痛い言葉を残した。
「四年 夏星2009‐2012」展
「Taryn Simon: A Living Man Declared Dead and Other Chapters I-XVIII」展