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インドネシアの若手建築家AbodayのFLIRT(ゆうわく)

本間久美子

2014年03月01日号

 2013年11月末、インドネシア国立博物館の中庭がにわかに変容した。
 ここはもともと、オランダ植民地時代の古典的な西洋建築で、中庭をめぐる廊下には、ヒンドゥ教のガネーシャ像や仏像、その他の古い石像がただ乱雑に並べられた空間だった。まったく変わらぬ展示物が、いつでも同じ埃っぽさで客を迎える。1868年設立、24万点のコレクションを持つ。東南アジアで最大規模を誇りつつも、年間の訪問者はわずか20万人(2010年当時)。人気のショッピングモールが一日に3万人を集客するジャカルタにあって、インドネシア国立博物館は、その存在自体がまさに化石と化していた。
 そんな置き去りの建物を、一夜限り、まったく別の空間として提示したのが、国立博物館の拡張設計コンペで優勝したインドネシアの建築事務所Abodayだ。この夜は、彼らの初めての出版物『FAME FORTUNE FLIRT』の発売記念イベントだった。


写真1:インドネシア国立博物館で開催された出版記念会[撮影:アリー・インドラ]

『FAME FORTUNE FLIRT』とAbodayの戦略


写真2:『FAME FORTUNE FLIRT』の200部限定スペシャルエディションは表紙が模型になっている。筆者は200部中167番目を入手

 『FAME FORTUNE FLIRT』は、600ページにわたってAbodayの7年間を記録したものである。FAME、FORTUNE、FLIRTの3章からなり、43作品が写真と文章で紹介されているほか、トレーシングペーパーに印刷された設計図や、主宰の3人(ラファエル・デビッド、アリー・インドラ、ヨハンセン・ヤップ)へのインタビュー、事務所メンバーが登場するコミックまで収められ、作品の特徴のみならず、デザイン決定に至るプロセスや、事務所の経営方針が伝えられる。インドネシアで建築教育を終えた後、シンガポールの設計事務所で経験を積んだ3人は、3つの異なるブレイン(マネー担当の建築家、デザイン担当の建築家、広報担当の建築家、といった具合に互いの得意分野を意識した役割分担を行なっている)を存分に生かし、その差異をこそ原動力として、既存のインドネシア建築界をスマートに、軽快に、魅惑する。


写真3:南ジャカルタのレストランにて、大学教員デビッド・フタマと筆者によるインタビュー。笑いが絶えない[出典:『FAME FORTUNE FLIRT』]


写真4:デザイン決定プロセスから所内の日常風景までがコミック化されている[出典:『FAME FORTUNE FLIRT』]

 主宰の3人のなかで広報的役割を得意とするアリー・インドラを中心に、インドネシア各地で出版記念イベントが開催されたが、注目すべきはその開催順序だ。通常、首都ジャカルタから始まって順次地方へ巡回するが、彼らはまったく逆だった。メダン(スマトラ島)、マカッサル(スラウェシ島)、マラン(東ジャワ)、ジョグジャカルタ(中ジャワ)、バンドン(西ジャワ)を経て、最後にジャカルタ。インドネシアには二種類の建築家がいる。ジャカルタの建築家と、ジャカルタ以外の建築家だ。両者の間の大きな溝を知覚していたAbodayは、あえて地方から始めたのである。


写真5:主宰のアリー・インドラによるトークイベント「みんなのための建築」ポスター

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