フォーカス
“Under the Same Sun: Art from Latin America Today” vs“James Lee Byars: 1/2 an Autobiography”
梁瀬薫
2014年07月01日号
まったく異なるアプローチでグローバル社会に訴えるパーフェクトな2つの展覧会。
ラテンアメリカのトロピカルな現代アート展に見る現実社会とジェイムス・リー・バイヤーズのモノクロームなインスタレーションから体感する神秘。
同じ太陽の下で:ラテンアメリカ美術の今日
Under the Same Sun: Art from Latin America Today
ソロモン・R・グッゲンハイム美術館
2014年6月13日〜10月1日
本展は世界最大級の金融機関であるUBSとグッゲンハイム美術館が合同企画している「MAP Global Art Initiative(グローバル・アート・イニシアティブ)」の一部として構成されたラテンアメリカ編だ。ラテンアメリカ・アートと聞いただけで、熱帯の印象と、不透明な社会図がまずは頭に浮かんでくるが、本展を組織したパブロ・レオン・デ・ラ・バルマはまさに、南米の歴史や植民地政策下の影響、抑圧的政府、不況、社会的不平等に加え、経済成長と国の発展にも同時に目を向け、ラテンアメリカの近代図と未来を呈示した。15カ国から40名の現代アーティストを招聘し、複雑な現代社会を「コンセプチュアリズムと伝承」「トロピコロジーズ(熱帯学的)」「ポリティカル・アクティビズム(政治運動)」「モダニズムの破綻」「関与・解放」というコンセプトで解明を試みている。メキシコ出身のコンセプチュアルアートを代表するガブリエル・オロスコや、チリ出身の政治色の強い作品を呈示しているアルフレッド・ヤールなど国際的な作家も含まれており、幅広いラテンアートの傾向を探求する展示となった。以下今展で最も印象的だった作品を抜粋して紹介したい。
フアン・ダウニー/Juan Downey
1993年に亡くなった70年代ヴィデオアートの先駆者フアン・ダウニー(1940年チリ出身)の《ザ・サークル・ファイヤー》(1979)はヴェネズエラ側アマゾンの熱帯雨林の稀少なヤノマミ族を撮ったフィルム作品だ。一万年も独自の文化と生活を守り続けている部族で、民俗学研究としても非常に貴重なドキュメンタリーフィルムともなっている。会場には数台のビデオが輪になるように床に設置され、鑑賞者に部族との共存感を与えようとする試みである。目の前に自分とは完全に異なる人種が映しだされ、ずっと見ていると囲まれているような感覚にさえなってくる。ダウニー自身家族で熱帯雨林に住み、そのコミュニティのなかでフィルムを撮ったという作品だ。果たして現代社会に住む私たちは彼らと共存可能なのだろうか。
Adriano Costa/アドリアノ・コスタ
1975年サンパウロ出身。サンパウロ在住。アドリアノ・コスタはブラジルのモダニズムとミニマリズムを代表するエリオ・オイチシカの「アートを日常に含む」というネオコンクリート運動を継承し、彫刻やインスタレーション作品を制作している。《ストレート・フロム・ザ・ハウス・オブ・トロフィーズ──Ouro Velho(オーロ・ヴェーリョ=古いゴールド)》(2013)は金色の布地によるインスタレーション作品。よく見ると一つひとつの生地が日常見慣れているものであることがわかる。そのタイトル通り、家庭で使うタオルやタペストリー、玄関マットや布巾などが金に塗られ、用途を失い、しかし輝かしく芸術としてトランスフォームしている。植民地化の金銭的報酬、近年のブラジル経済好況とマテリアリズムをストレートに喚起させる作品だ。
Jonathas de Andrade/ホナタス・デ・アンドラデ
1982年ブラジル出身。ホナタス・デ・アンドラデは2010年サンパウロ・ビエンナーレやニューヨークのニューミュージアムのトリエンナーレ展にも選ばれ、注目されるブラジルの若手作家だ。インスタレーション、写真、ヴィデオを使い、ブラジルの都市化現象のプロセスを探る作品を制作している。《ポスターズ・フォー・ザ・ミュージアム・オブ・ザ・マン・オブ・ザ・ノースイースト》(2013)は、ブラジルのレシフェにある人間学博物館のためのポスターによるインスタレーション作品。鑑賞者がポスターを好きな位置に設置するインタラクティブな作品で今展で人気を集めていた。ポスターイメージは同地区で働く労働者のポートレートだ。よく日に焼け、引き締まった体つきの男たちの顔は自然と気候だけではなく、重労働さを伝える。違った意味でまたこの博物館を象徴するようだ。つまり熱帯地での近代化の難しさを皮肉っているのであろう。
Amalia Pica/アメリア・ピカ
1978年アルゼンチン出身。アメリア・ピカの《A ∩ B ∩ C(A交点・B交点・C交点》(2013)は幾何学形の色のついた透明プラスチック版を使ったパフォーマンスとインスタレーション作品。ピンクや青、黄色の透明できれいな板が白い壁側に置かれ、4人のパフォーマーが色と形の違う板をピックアップして観客の前に一列に並ぶ。隣の板との重なり合いがポイントだ。パフォーマーはいったん静止したあとに板をまた元の位置に戻し、他の板をピックアップしてまた整列する。これだけの動作の繰り返し。これはピカの幼少時70年代の軍事政権時代の事実を根底にしたものだという。小学校の算数でベン図とそれに関連する積集合の教育が禁止されたが、ピカはこれを政権の潜在的な破壊行為だと見なした。「板を交差させることで形がつくられ、また交差させるという行為でコラボレーションと新しいコミュニケーションが可能になる」という解説があった。数学の積集合の法則の謎にまた迷い込んでしまった。
Minerva Cuevas/ミネルヴァ・クエヴァス
1975年メキシコ出身。アートで公共への介入を試みているミネルヴァ・クエヴァス。メキシコを拠点に2003年のイスタンブール・ビエンナーレをはじめ、世界の国際展で活躍している。多くがサイトスペシフィックなインスタレーション作品で、ユーモアと遊び心に溢れた作風が特徴。絵画、フィルム、パフォーマンスなどあらゆる素材を使って現代社会の政治と経済を、浮き彫りにする。《デルモンテーバナネラス》(2003)はバナナの木の上にデルモンテのマークが貼られた、とても単純な作品だが、ラテンアメリカの各国間、特にグアテマラの大手バナナ産業間の緊張関係をコミカルに呈示している。社会と政治に強く訴えるコンセプチュアル・アーティストで著名なハンス・ハーケのタバコの作品で抗議を訴えた有名な作品《ヘルムズボロ・カントリー》(1990)を思い出す。クエヴァスのほうはそのシンプルな表現にオリジナリティがあり印象に残った。
このように若手作家から著名な作家までの、多岐多様な作品が目まぐるしく展開した。それぞれに非常に強い主張があり、メッセージが会場全体を覆う。まるでブラジルのワールドカップに集結した南米ファンの歓声がアートになったかのような熱いエネルギーに包まれた。