フォーカス
“HYBRIDATION” by Alexis Tricoire 展
栗栖智美
2014年10月01日号
夏のヴァカンスも終わり、新学期を迎えたパリではPARIS DESIGN WEEKと称して、パリ中の商業スペースやギャラリーなどで、優れたデザインの商品やインスタレーションを展示・販売している。
今回は、PARIS DESIGN WEEKによる企画、植物園で開催中のデザイナー、アレクシス・トリコアール(Alexis TRICOIRE)の展覧会「HYBRIDATION」に注目してみようと思う。
会場となっているのは、パリ左岸の東に位置するJardin des Plantes(植物園)。動物園と、進化の大陳列館、鉱物学と地質学博物館、古生物と比較解剖学博物館の三つの博物館、世界中の植物を展示した植物園が約24ヘクタールの土地にまとめられており、それらを総称して、植物園、あるいは自然史博物館と呼んでいる。
植物園の歴史は1635年、ルイ13世治下の王立薬草園にさかのぼる。1640年には一般公開されていたといい、世界で最も古い植物園のひとつだ。薬草の研究所として創設されたが、18世紀には『博物誌』の著者ビュフォン伯が管理者となり、王の庭園から自然科学の研究機関へと変貌をとげる。半世紀にわたって館長をつとめたビュフォン伯の尽力により、18世紀末に自然史博物館が開館する。当時、アフリカ大陸を中心に世界中に植民地を拡大していたフランスは、遠征軍を派遣するたびに研究対象を採取して、膨大な自然科学のデータを蓄積することができた。フランス革命の頃に創設された図書館は、現在、世界有数の自然科学に関する1万5千冊に及ぶ写本や80万冊の書籍を収蔵し、6,000冊を開架図書として一般公開、フランスが誇る自然科学の研究の成果を垣間みることができるだろう。
この歴史ある植物園の中の温室は、大規模修復がなされ2010年にリニューアルオープンした。熱帯雨林、砂漠地帯、ニューカレドニア、温室植物の歴史というテーマに分かれた四つの棟からなり、ガラスと鉄筋が美しいアール・デコ調の建築はルネ・ベルジェの作品(1937年)である。
この中で、アレクシス・トリコアールの展示が行なわれている。彼は、ホテルやレストラン、ショッピングセンターなどの公共スペースに、洗練されたデザインと植物を一体化した作品を提示し続けてきたデザイナーだ。
彼は、自然史博物館のコレクションである、温暖な地域で生育する植物が展示されている空間から40の場所をセレクトし、「ランドアートのエスプリ」をもって自然と工業製品とを融合した新たな空間をつくり出していた。具体的に言うと、フランスブラシ製造業連盟(Fédération Française de la Brosserie)の協力を得て、業務用のブラシをそっと、熱帯雨林や乾燥地帯の植物の中にまぎれ込ませているのである。
これらのブラシは、主に工業用機械に使われていたもので、素材も銅、ステンレス、プラスチック、自然素材とさまざまならば、大きさ、長さ、形もヴァリエーションに富んでおり、色も黒、白、赤、青、緑、オレンジ、グレー、ゴールドとカラフルだ。発注を受けて出荷したものの、返品され捨てられるはずだったブラシを再利用してアート作品の素材としたのである。
私たちの生活からかけ離れた場所で生育する植物たちは、花の色、葉の形、木の大きさまですべてが見慣れぬ珍しいものばかりである。鬱蒼と繁る熱帯雨林の植物と、そこにたたずむ極彩色のブラシ。はたまた、厳しい乾燥に耐え孤高の姿を見せるサボテンと、シルバーやゴールドのブラシ。
目の前にある植物とブラシは、自然と工業製品という正反対のものにも関わらず、その光景は意外にも普通に目に飛び込んでくる。ブラシのなかに自然の美しさを感じてしまうほど、熱帯雨林や砂漠地帯なら、こんな植物があるのだろうと想像してしまう。ちょうど熱帯地方に生息する極彩色の鳥や、乾燥地帯で生き長らえるために砂と同系色になった昆虫などを見たときと同じように、何の違和感もない。
植物の造形は理にかなっている。茎が細くしなるのは風雨に当たっても折れないようにするためであり、葉が上に向かって広がるのは太陽の光を浴びるため、花びらを開くのは蜜の香りで虫をおびき寄せ繁殖するためだ。機能的でありながら、その姿は美しい。同様に、ブラシ自体も機能的で美しいデザインをしているのだが、そう思えるのも、本来の役目を終えてオブジェとしてその造形を純粋に見ることができる場所にやってきたからかもしれない。ブラシがあたかも熱帯植物のように自然と一体化していると、葉脈の模様や、シダ科の植物の葉の形状が、逆に人工的な造形なのではないかと錯覚してしまう。人工物の存在によって、自然の「自然を超えた」造形美にクローズアップせざるをえない。
とはいえ、この温室で生育する植物は、半人工的な自然環境の中にいることを忘れてはならない。熱帯雨林の温室は、本物の熱帯雨林ではない。各国の熱帯雨林に生えている植物をみんな同じ空間に移植して「熱帯雨林のように」見せているだけだ。向こうに見える水やりのためのオレンジ色のゴムホース、モスグリーンに塗られた鉄製の手すり、太陽の光を反射するガラスの窓、そんな半人工的な空間でこそ、ブラシと植物の一体化が実感できているのかもしれない。
展示空間を歩いていて、何が自然で何が人工物なのか、現代社会ではそれが曖昧になっていることに気づかされた。自然だと思い込んでいた空間に、ブラシという異物が混入することで、その空間が本当の自然ではないことに気づきハっとさせられる。人間も自然の一部であるのに、私たちはずいぶん真の自然に手が届かないところで生きるようになってしまった。だからこそ、アレクシス・トリコアールのようなデザイナーによる自然を取り入れた公共スペースでのインスタレーションやデコレーションが、パリや世界の都市部を中心に求められているのかもしれない。そうして、少しでも自然に似た風景を欲して、週末に公園や植物園、動物園を訪れたり、観葉植物を部屋に置いて、都会生活の疲れを小さな自然で癒しているのだ。
“HYBRIDATIONS” by Alexis Tricoire
場 所:パリ植物園内大温室
Grandes Serres du Jardin des Plantes Paris
住 所:57 rue Cuvier 75005 Paris
会 期:2014年9月6日から11月24日まで
Alexis Tricoire http://www.vegetal-atmosphere.fr
MNHN(国立自然史博物館) http://www.mnhn.fr/fr
Paris Design Week http://www.parisdesignweek.fr