2019年09月15日号
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フォーカス

点、線から面へ──デジタルな形象に託されたもの

多田麻美

2015年06月01日号

 中国は広いので一概には言えないが、少なくとも都市部でのデジタル文化の普及は、プロセスもスピードも日本とはだいぶ異なる。例えば、中国ではワープロやビデオテープが流行した時期はごく短いか、ほとんど存在しなかった。それらを飛び越えて、いきなりパソコンやDVDの時代に突入したからだ。その後、さらに各種端末やインターネットでのダウンロードが一般化した。そしていまや、街角でふと周囲を見回すと、驚くほど多くの人がスマホ画面に見入っている。
 だが、と同時に中国はまた、インターネットを中心としたデジタル空間に強い規制がかかっている国でもある。つまり中国で「デジタル」について考えることは、とても意義深いことなのかもしれない。そこで今回は「デジタルな形象」をキーワードに、初夏の北京で見つけた作品を並べてみたい。


「The Arrival of Spring」展の会場[撮影:王翔]

点の集積が織りなす風景

 まずは、ペース画廊で開催中のデイヴィッド・ホックニーの「The Arrival of Spring(春が至る)」展から。間もなく78歳を迎えるホックニーだが、創作欲は衰えを知らず、いまもなお新たな試みを続けているようだ。


「The Arrival of Spring」展より
《The Arrival of Spring in Woldgate》(2011)
© David Hockney / Richard Schmidt
iPadで描き、紙にプリント


《The Arrival of Spring in Woldgate》(2011)
© David Hockney / Richard Schmidt

 一面の白い壁を越えて展示スペースに入ると、「拡大した時のサイズを想像しながら」iPadで描かれたという春の東ヨークシャーの田園風景が並んでいた。風景自体が伝統的で牧歌的なものだけに、イラストアプリ独特の色彩と描線が際立って見える。液晶画面に手描きしたときの柔和なタッチは、とても身近だが、柔和だからこそ、それが本来は微小なピクセルの集積だったことが非現実的に感じられる。恐らく、新たなタイプの絵の具が登場するたび、人間はこのような微妙な違和感や驚きを覚えてきたのだろう。

 一方、同じ「点」を単位とした絵画でも、前波画廊で行なわれた、付小桐&王鳳鴿「寂浄之地」展における付小桐の一連の作品は、より全面的に手作業に依存したものだった。


付小桐「神山シリーズ」(2015)[撮影:張全]

 モノクロのピクセルと言うべき無数の「穴」が、角度や微妙な大きさの違いによって濃淡や陰影を生じ、ひとつの風景を形づくる。会場では光源はいずれも固定されていたが、当てる光の角度によっても効果がだいぶ変わるという。


付小桐《寂静之地》(2015)[筆者撮影]


同上、局部[撮影:張全]

 土台は宣紙だ。付の作品はこの伝統ある材料を特注で厚くつくらせ、そこに針で穴を空けることで生まれた。針という、伝統的には女性の手仕事に使われてきた道具が生んだハンドメイドな触感と、ドットやピクセルというデジタルなイメージが、自然の地形などを象った独特の曲線美において、無理なく融合していた。


付小桐のインスタレーション作品[筆者撮影]

現代文明の象徴物

 最近の北京の展覧会では、PC画面の3D画像を連想させるインスタレーションも印象的だった。付の展覧会における動物のイメージを象った作品もそのひとつだが、さらに広い空間の中で骨太にその存在をアピールしていたのが、香格納画廊における邵一の個展「造図騰(トーテムをつくる)」だ。


「造図騰」展より。邵一《崇拝物:回転内部の矛盾》[撮影:張全]


同上《崇拝物:物体そのものに意味はない》[撮影:張全]

 トーテム、つまり崇拝する対象のモニュメントは、その時代の人の価値観とともに、美的センスや欲求をも取り入れつつ建設されていく。では、普遍性を持ちうる現代のトーテムとはなんだろう。そんな問いを作品は投げかけている。
 作品の説明によれば邵が目指しているのは、「モノに精神性を賦与すること」であり、「現実世界を形づくっている規則と材料を作家自身のシンボル体系のなかに置き、昇華、転換させようとすること」だ。ここでいう規則と材料は、工業文明と鉄筋によって代表されている。
 トーテムをテーマとしながらも、邵は決して神話や信仰そのものにこだわっているようには見えない。むしろ重点を置いているのは人々が崇拝し、その価値を信じてきたものの性質や状態だ。だからトーテムは「工業文明の産物であっても、それが破壊された後の状態であっても、またその原始的な状態であってもいい」という。確かに作品は、建築のデザイン段階でつくられた3D画像にも、建設途中の建築物にも見えるし、風化によって骨格だけが残った廃墟のようにも見える。
 この作品から、現代中国の建設ラッシュや不動産バブル、そしてその終焉を連想するのは容易だ。そもそも作品は鉄の塔だけでなく、工事現場によくある足場や、砂の飛散を止めるためのネットによっても構成されている。観客はその足場を登ったり下ったりしながら作品を眺める仕掛けだ。


《崇拝物:回転内部の矛盾》を上から眺めた様子[撮影:張全]

 だが、作品が投げかけている問題意識は、恐らくそこに留まらないだろう。そもそも、作品のタイトルは《崇拝物:物体そのものに意味はない》と《崇拝物:回転内部の矛盾》だ。つまり、物体と意味の関係を重視し、物体そのものよりそれに人々が賦与する意味が大事であることを強調している。「想像が生んだ形」が人の世界を自然と象徴するというのだ。そこからイメージをもう一度工業文明へと戻せば、視界はぐっと広がり、物質が過大な意味を賦与されている現代文明、その自然界のサイクルを乱すかのような動き、さらには一見平穏に見える社会が抱えているさまざまな矛盾といったマクロな視点が見えてくる。
 もしかしたら、作品の時代を象徴した一面は、鉄筋が風化し、廃墟化すれば、よりはっきりと凄みをもって訴えかけてくるのかもしれない。となれば、願わくば、中国ではよくあるように、会期が終わった後の作品を、芸術区内で屋外展示してほしい。その風化の過程を追うのは、とても興味深いことに違いない。

宙に浮かぶ皺

 点、線と続いたので、最後は面で締めくくりたい。張新軍(ジャン・シンジュン)の作品、《緑窟窿(緑の穴)》は、楊画廊で行なわれた張の個展「褶皺(褶曲)」展に展示されたものだ。制作風景を映したビデオを鑑賞した後で奥の展示室に入ると、布を縫い合わせてつくられた幾何学図形が縄に吊られて中空状態になっていた。

張新軍《緑窟窿》(緑の穴)2015[撮影:張全]

 社会の変動、時代の抗しがたい流れ、強まる規制、その多くがデジタルなツールを巻き込んでバーチャルな次元でも行なわれていることを連想しつつ見れば、作品は実に暗喩に富んでいる。タイトルの「褶皺(褶曲)」も、まるで地殻変動のような現代社会の変化を想起させ、スケール感たっぷりだ。
 だが最初に紹介した付の作品と同様、ここでも作品を強く特徴づけ、作品たらしめているのは、布を縫い合わせるというハンドメイドな行為だ。どれほどデジタルな現象の核にも「人為」はあるが、だからこそ何かを無駄に消耗せざるをえないという世の道理を強調するかのようだった。
 以上、やや強引に点から面へとまとめたが、もちろん、日々実験が重ねられているコンピュータ・グラフィックなどの例を挙げるまでもなく、デジタル社会の申し子と言える作品は世の中に溢れている。そんななか、今回挙げた作品はあくまでミニマリスティックな表象や志向の面でデジタルに見えるに過ぎない。だがアーティストらが本気で対応しているかは別として、「文化芸術は社会主義に奉仕すべき」といった、どう見ても時代錯誤な要求が振りかざされているいまの中国では、抽象性や象徴性の強い作品こそが、比較的自由な発言権を獲得しているように見えてしまうことも、確かである。

David Hockney デイヴィッド・ホックニー「The Arrival of Spring(春が至る)」展

会場:Pace Beijing(佩斯北京)
会期:2015年4月18日〜6月6日
詳細:http://www.pacegallery.com/beijing/exhibitions/12744/the-arrival-of-spring

付小桐&王鳳鴿(フー・シャオトン&ワン・フォンゴー)「寂浄之地(Land of Serenity)」展

会場:Chambers Fine Art Beijing(前波画廊)
会期:2015年5月2日〜5月31日
詳細:http://www.chambersfineart.com/exhibitions/2015/FXTWFG_BJ/image-5.shtml

邵一(シャオ・イー)「造図騰(トーテムをつくる)」展

会場:Shangh ART Beijing(香格納画廊)
会期:2015年4月12日〜5月17日
詳細:http://www.shanghartgallery.com/galleryarchive/exhibition.htm?exbId=8664

張新軍(ジャン・シンジュン)「褶皺(褶曲)」展

会場:Gallery Yang(楊画廊)
会期:2015年4月25日〜6月7日
詳細:http://www.galleryyang.com/cnexhibitiondetails.aspx?id=58&url=cnindex.aspx

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